Environment

脱炭素の先にある食農ESG ―Planetary Boundariesが示す新たな評価軸―

従来、企業のサステナビリティ対応では、温室効果ガス排出量の算定・削減が中心的なテーマとして扱われてきました。しかし近年は、気候変動対策に加えて、企業活動が自然環境に与える影響や、自然環境の変化が事業に与える影響を把握することも求められています。

特に食農産業は、水資源、土壌、生物多様性、農地利用、肥料・農薬など、自然環境との関わりが深い分野です。そのため、環境への負荷や商品が持つ環境価値を、CO₂という単一の指標だけで説明することは難しくなっています。

この記事では、環境課題を多面的に捉えるための考え方の一つである「Planetary Boundaries」を紹介し、食農産業との関係や、食農産業の企業に今求められている対応について整理します。

Planetary Boundariesとは何か   

Planetary Boundariesとは、その名の通り人間が地球上で生存するために超えてはいけない「地球環境の限界」のことです。この限界値の中であれば人間が何らかの影響を自然に与えたとしても、地球は排出物吸収・生態系適応・食物連鎖調整など、様々な負のフィードバックと回復力で元の均衡状態に止まりますが、この限界値を超えてしまうと、正のフィードバックが働くようになり、均衡状態が大規模、突然、不可逆的に別の状態に移行すると考えられています。この Planetary Boundaries という概念は、2009年にJ.ロックストローム博士を代表とする28名の科学者グループによる論文で提唱されており(*1)、この論文中では以下9つの項目が対象となっています。

  1. 気候変動(大気中の二酸化炭素濃度、地球と宇宙の間でのエネルギー収支)
  2. 新規化学物質(プラスチックなどの化合物による汚染含む)
  3. 成層圏オゾンの破壊(成層圏のオゾン濃度)
  4. 大気エアロゾルの負荷(大気汚染物質の量)
  5. 海洋酸性化(海の炭酸イオン濃度)
  6. 生物地球化学的循環(化学肥料として人工的に作られた窒素やリンの海洋や土壌への流出)
  7. 淡水変化(人間が利用できる淡水や、植物が取り込む水分の量)
  8. 土地利用変化(森林面積の大きさ)
  9. 生物圏の健全さ(生態系機能が維持されている度合い、生物種が絶滅する速度)

各項目がどの程度限界値に近づいているか・超えてしまっているかを示した図が下記です。年に1回 “Planetary Health Check” が行われ、Planetary Boundariesの各項目が限界値を超えていないか検証されています。

Planetary Boundariesの9項目それぞれが安全な限界値をどの程度超えているかを示した2025年版の図

図1:The 2025 update to the Planetary boundaries. Licensed under CC BY-NC-ND 3.0. Credit: “Azote for Stockholm Resilience Centre, based on analysis in Sakschewski and Caesar et al. 2025”.(*2)

このように、近年規制の導入が進んでいる気候変動だけでなく、企業は自社のサービス・商品が与える環境影響を多面的に把握し、対策することが求められています。

次章では、Planetary Boundariesと食農産業の関係について見ていきます。

Planetary Boundariesと食農産業の関わり   

食農産業は自然環境と密接に関わりがあり、Planetary Boundariesの複数の観点から環境影響を捉える必要があります。

現在、農業は単に食べ物を作るだけでなく、地球全体の環境を不安定にする大きな要因となっています。2025年版のEAT-Lancet Commissionは、食料システムが、9つのPlanetary Boundariesの超過に対する単一では最大の要因であると示しています。(*3)

技術革新や追加的な緩和策が進まない場合、人口増加や所得水準の変化により、2010年から2050年にかけて食料システムが環境に与える影響は50〜90%増加する可能性があると予測されています。(*4)この負荷を地球の限界内に収めるためには、単一の対策では不十分です。研究では、以下の3つの対策を同時に組み合わせることが不可欠であると結論づけられています(*3)。

  • 食生活の変化:肉類を減らし、植物ベースの健康的な食事へ移行すること。
  • 農業技術の改善:肥料や水のムダをなくし、生産効率を上げる技術を導入すること。
  • 食品ロスの削減:生産から家庭までのすべての段階で、食べ物の廃棄を半分に減らすこと

今後は、食農産業の企業は上記の3つの対策に貢献することが重要です。

ESGの論点は、脱炭素から自然資本・水・土地・生物多様性へ広がっている   

Planetary Boundariesの考え方は、企業のサステナビリティ対応にも関係しています。これまで企業の環境対応では、温室効果ガス排出量の算定や削減、いわゆる「脱炭素」が中心的なテーマとして扱われることが多くありました。一方で近年は、気候変動だけでなく、水、土地、生物多様性、土壌、肥料、化学物質など、より広い自然環境との関係を把握する動きが広がっています。

この流れを示す代表的な枠組みの一つが、自然関連財務情報開示タスクフォース(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures、TNFD)です。TNFDは、企業が自然にどのように依存し、自然にどのような影響を与えているのか、またそれが事業上のリスクや機会にどうつながるのかを整理し、開示するための枠組みです。2023年には、企業や金融機関向けの最終提言が公表されました。(*5)

また、科学に基づく自然目標イニシアチブ(Science Based Targets Network、SBTN)も企業向けに、自然に関する科学的な目標設定の方法論を公表しています。SBTNでは、淡水や土地に関する目標設定が扱われており、水の量や水質、窒素・リン、陸域生態系の保護・回復などが対象に含まれています。(*6)

これらの動きは、企業のサステナビリティ対応が、温室効果ガスの管理だけでなく、自然資本全体との関係を整理する方向へ広がっていることを示しています。つまり企業は、「どれだけCO₂を出しているか」だけでなく、「どこで、どの自然資本に依存しているのか」「どの地域の自然環境に影響を与えているのか」も把握することが求められつつあります。

このように、食農産業におけるESG対応は「企業単位で脱炭素に取り組む」段階から、「商品・原材料・生産工程単位で、環境価値やリスクを多面的に把握する」段階へと広がりつつあります。だからこそ、食農分野のESG対応では、CO₂だけにとどまらない多角的な視点が求められています。

食品システム全体の議論から、商品・原材料単位の把握へ   

前章で見たように、企業のサステナビリティ対応は、脱炭素だけでなく、自然資本全体との関係を把握する方向へ広がっています。食品・農業分野では、この変化が特に重要です。なぜなら、食品・農業は、原材料の生産、加工、流通、消費、廃棄までの各段階で、水、土地、生物多様性、肥料、農薬など、さまざまな自然環境と関係しているためです。

こうした背景から、食品・農業分野では、個別の農地や工場だけでなく、食品システム全体を見直す議論が広がっています。OECDは、食品システムを、生産・加工・流通・消費・廃棄に関わる活動全体と、それに伴う経済・健康・社会・環境への影響を含むものとして整理しています。(*7)

この考え方は、欧州の政策議論にも見られます。EUのFarm to Fork Strategyは、欧州グリーンディールの中核施策の一つとして、食品システムを「公正で、健康的で、環境に配慮したもの」に転換することを目指しています。(*8)また、欧州委員会は、持続可能な食品の選択肢を増やし、消費者が健康的で持続可能な食生活を選びやすくすることも重視しています。(*9)

さらに、EAT-Lancet Commissionのように、健康的な食生活と持続可能な食料生産を同時に考える国際的な科学的取り組みもあります。EAT-Lancet Commissionは、食を人間の健康と地球環境の両面から捉え、食生活と食料生産のあり方を一体的に考える必要性を示しています。(*10)欧州委員会の知識基盤でも、同委員会の議論は、健康的で持続可能な食品システムを考える上での参考情報として紹介されています。(*11)

一方で、こうした食品システム全体の議論を、企業がそのまま実務に活用することは簡単ではありません。食品企業が実際に対応を進めるには、自社の商品、原材料、調達先、生産工程が、どの環境課題と関係しているのかを具体的に把握する必要があります。ある商品では温室効果ガス排出量が主要な論点になる一方で、別の商品では水使用、土地利用、生物多様性、肥料由来の窒素・リン負荷、農薬・化学物質の影響が重要になる場合があります。

そのため食品企業には、食品システム全体の変化を意識しながらも、実務では商品・原材料・生産工程単位で、それぞれに関係する環境課題を多面的に把握することが求められます。これは、取引先への説明、商品開発、調達改善、サステナビリティ訴求を進める上でも重要な基盤になります。

商品ごとの環境価値を多角的に可視化する   

商品・原材料単位で環境価値やリスクを把握するには、どの環境指標を見るべきか、どのデータを使うべきか、分析結果をどのように社内外へ伝えるかを整理する必要があります。食品・農業のサプライチェーンは、原材料の産地、栽培方法、加工、輸送、包装、廃棄など多くの工程で構成されており、商品によって重要となる環境指標も異なります。

そのため、商品ごとの環境価値を把握するには、環境評価やLCA、農業・食品サプライチェーン、国際的な開示・評価ルールに関する知見が必要になります。さらに、その分析結果を、社内の事業判断や取引先への説明、商品開発、サステナビリティ訴求に使える形へ整理することも重要です。

こうした中で、クオンクロップが提供する「Myエコものさし」は、食農産業における商品ごとの環境価値を、複数の観点から可視化するための支援サービスです。温室効果ガス排出量だけでなく、水、土地、生物多様性、肥料、化学物質など、食農領域に関係する多様な環境指標を踏まえ、商品や原材料の特徴に応じた環境価値の整理・分析を支援します。ご興味のある事業者の方々は、ぜひ弊社クオンクロップにご相談ください。

参考文献 

1. Rockström, J. et al. A safe operating space for humanity. Nature (2009).

2. Stockholm Resilience Centre. Planetary Boundaries.

3. EAT-Lancet Commission, “The EAT–Lancet Commission on healthy, sustainable, and just food systems,” 2025.

4. Springmann, M et al. 2018. Options for keeping the food system within environmental limits.

5. Taskforce on Nature-related Financial Disclosures (TNFD). Recommendations of the Taskforce on Nature-related Financial Disclosures. (2023)

6. Science Based Targets Network (SBTN). The first science-based targets for nature.

7. OECD. Food Systems.

8. Council of the European Union. From farm to fork.

9. European Commission. Scoping paper: Sustainable Food Consumption.

10. Willett, W. et al. Food in the Anthropocene: the EAT–Lancet Commission on healthy diets from sustainable food systems. The Lancet (2019).

11. European Commission Knowledge4Policy. EAT–Lancet Commission: Healthy, sustainable and just food systems.

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