Environment

森林破壊フリー調達の時代へ― EUDRから読み解く食農ESGの新たな論点

0. はじめに:なぜ今、森林破壊フリー調達が重要なのか   

「その原材料は、どこで生産されたものか?」

食品・農業分野の企業に対して、この問いへの説明責任が急速に高まっています。近年、企業のサステナビリティ対応は大きく進展してきました。なかでも気候変動への対応は、TCFD(Task Force on Climate-related Financial Disclosures、気候関連財務情報開示タスクフォース)の提言や、SBTi(Science Based Targets initiative)といった国際的な枠組みの定着を背景に、多くの企業が温室効果ガス排出量の把握や削減目標の設定を進めてきた分野の一つです。

*TCFDは役割を終えたとして2023年に解散し、企業の気候関連開示を監督する機能は、IFRS財団(The IFRS Foundation)に引き継がれました。TCFDが提言した内容は、この機関が新たに定めた国際的なサステナビリティ開示基準に組み込まれています。(*1)

気候変動に加えて、生物多様性の損失や森林破壊、水資源の影響など、自然環境全体への影響を把握・管理することが求められるようになっています

特に食品・農業分野は、農地利用や原材料調達を通じて自然環境と密接に関わる産業です。原材料の生産地や生産方法によって、環境への影響は大きく異なります。そのため企業には、「何を調達しているか」だけでなく、「どこで、どのように生産されたものなのか」を把握し、説明することが求められるようになっています。

こうした流れを象徴するのが、EUDR(European Union Deforestation Regulation、欧州森林破壊防止規則)です。EUDRは森林破壊に関連する製品の流通を規制する制度ですが、その本質はサプライチェーン上流まで遡って原材料の生産実態を把握することにあります。

本記事では、森林破壊と食農産業の関係を整理した上で、EUDRの概要と企業への影響を解説します。そして、今後の食農ESGにおいて重要となる「原材料単位での環境影響管理」について考察します。

1. 食農産業と森林破壊の関係   

1.1 食料生産と自然環境のトレードオフ   

世界的な人口増加や経済成長に伴い、食料需要は拡大を続けています。その一方で、食料生産の拡大は自然環境へ大きな影響を与えてきました。

IPBES(Intergovernmental Science-Policy Platform on Biodiversity and Ecosystem Services、生物多様性及び生態系サービスに関する政府間科学-政策プラットフォーム)によると地球上の陸地の3分の1以上が農作物栽培や畜産に利用されています(*2)。

農業は人々の生活を支える不可欠な産業ですが、その拡大によって森林や湿地、生息地の消失が進み、生態系サービスの劣化や生物多様性損失が発生しています。

1.2 農業拡大が森林破壊の主要因に   

森林破壊の背景には様々な要因がありますが、その最大の要因は農業拡大です。

FAO(Food and Agriculture Organization of the United Nations、国際連合食糧農業機関)によると、1990年以降、世界では約4億2,000万ヘクタールの森林が失われました(*3)。また、森林破壊の約90%は農業拡大によって引き起こされていることが明らかになっています(*4)。

地域別に見ると、アフリカやアジアでは森林から農地への転換が森林減少の主要因となっています。一方、南米では森林破壊の約4分の3が家畜放牧によるものとされています(*4)。

さらにUNEP(United Nations Environment Programme 、国際連合環境計画)によると、食料システム全体は世界の温室効果ガス排出量の約3分の1を占め、生物多様性損失や森林破壊の主要な要因でもあります。また農業活動は絶滅危惧種の86%に影響を及ぼしているとされています(*5)。

このように、森林破壊は単なる土地利用の問題ではなく、気候変動、生物多様性、水資源など多様な環境課題と密接に関係しています。そのため、森林破壊の問題は食品・農業サプライチェーン全体に関わるテーマとして捉え考えていく必要があります。

1.3 企業に求められる森林リスクへの対応   

こうした背景から、食農関連企業に対しては、サプライチェーン全体を通じた森林破壊リスクの把握と管理が求められるようになっています。

CDPのGlobal Forests Report 2024によると、2023年には1,152社が森林関連の情報開示を実施し、そのうち186社は認証制度やモニタリングシステムなどを活用した高度な開示を行いました(*6)。CDP(旧称:Carbon Disclosure Project)は、企業や自治体が自らの環境への影響を測定・開示するための、世界的な環境情報開示プラットフォームを運営するグローバルな非営利団体です。(*7)

投資家や取引先企業、規制当局などのステークホルダーは、企業が森林破壊や土地転換への影響をどのように管理しているのか、その透明性を重視するようになっています。

森林破壊への対応は、一部の先進企業だけの取り組みではなく、グローバルなサプライチェーンに関わる企業全体に広がりつつあるテーマといえるでしょう。

2. 森林破壊フリー調達を求めるEUの規制   

2.1 EUDRとは何か   

こうした森林破壊への懸念を背景に、EUでは新たな規制整備が進められてきました。EUDRは、森林破壊や森林劣化につながる製品のEU市場への流入を防ぐための規則です(*8)。EUDRの目的は、森林破壊や森林劣化に関連する製品の需要を抑制し、サプライチェーン全体を通じて森林減少の要因を減らすことにあります(*8)。

森林は重要な炭素吸収源であると同時に、多くの生物の生息地でもあります。そのため、森林破壊に関連する製品の市場流通を抑制することで、結果として温室効果ガス排出の抑制や生物多様性保全への貢献が期待されています。一方、対応コストの増大への懸念から負担軽減を求める声もあり、これが適用開始の複数回延期の一因ともなっています。

2.2 対象となる品目と企業に求められる対応   

EUDRの対象となるのは、「牛」、「カカオ」、「コーヒー」、「アブラヤシ」、「ゴム」、「大豆」、「木材」の7品目と、それらを原料とする派生製品です(*8)。

対象製品をEU市場へ供給する企業は、

  • 森林破壊フリー:2020年12月31日以降に森林破壊された土地に由来しないこと(木材は森林劣化に関与していないこと)
  • 合法的生産:生産国の適用法令(土地利用権、環境法、労働法、人権、先住民族の権利など)に準拠して生産されていること
  • デューデリジェンスステートメントを作成し、提出すること

が求められます(*8)。EUDRにおけるデューデリジェンスとは、事業者が対象産品をEU市場に上市(または輸出)する前に、その産品が森林破壊に関与していないことを自ら調査・確認し、証明するための一連の手続きを指します(*9)。特に重要なのは、生産地レベルまで遡ったトレーサビリティの確保です。企業は原材料がどの土地で生産されたかを把握し、その土地が森林破壊と無関係であることを証明する必要があります。

また、EUDRは原則として2026年12月30日から適用される予定です(2026年7月現在)。小規模・零細事業者については、異なる適用時期が設定されています(*10)。
※EUDRの適用時期や対象製品、企業に求められる対応は、今後変更される可能性があります。実際の対応に当たっては、欧州委員会などが公表する最新情報をご確認ください。

2.3 日本企業にも広がる影響   

EUDRの直接的な規制対象はEU市場の事業者ですが、その影響はEU域外にも及びます。EU向け製品の原材料供給や加工に関わる企業は、所在国にかかわらず、取引先から森林破壊リスクに関する情報提供やトレーサビリティの確保を求められる可能性があります。例えば、日本を含むEU域外の原材料供給事業者や加工事業者であっても、EU市場につながるサプライチェーンの一部であれば、森林破壊フリー調達への対応が求められるケースがあります。

こうした点から、EUDRはEU域内にとどまらず、グローバルな食農サプライチェーン全体へ影響を及ぼす規制として注目されています。

3.原材料調達における環境負荷管理の必要性   

3.1 EUDRの先にある自然資本・生物多様性対応   

EUDRは森林破壊への対応を求める制度ですが、その背景にはより大きな潮流があります。近年、企業のサステナビリティ開示は、気候変動だけでなく自然資本や生物多様性へと対象が広がっています。

例えばTNFD(Taskforce on Nature-related Financial Disclosures, 自然関連財務情報開示タスクフォース)は、企業活動と自然との関係を評価する際、「どこで自然に依存し、どこへ影響を与えているか」を把握することの重要性を示しています(*11)。またGRI生物多様性基準でも、生物多様性へ大きな影響を与える製品や、その生産地域に関する情報開示が求められています(*12)。

3.2 「どこで生産されたか」が重要になる理由   

森林破壊や水利用、生物多様性への影響は、同じ農作物であっても生産地域によって大きく異なります。例えば、森林転換リスクの高い地域で生産された大豆と、既存農地で生産された大豆では環境影響が異なります。そのため今後のESG対応では、単に原材料名を把握するだけでは十分ではありません。企業には、「どこで、どのように生産された原材料なのか」を把握し、その環境影響を説明することが求められています。

3.3 原材料単位での環境影響管理へ   

Science Based Targets Network(SBTN)でも、企業は気候だけでなく、淡水・土地・海洋・生物多様性といった複数の環境課題を統合的に管理することが推奨されています(*13)。

こうした流れの中で、今後の食農ESGでは、

  • 原材料単位
  • 生産地域単位
  • 生産工程単位

で環境影響を把握し、客観的なデータに基づいて説明できる仕組みが重要になります。森林破壊フリー調達は、その第一歩といえるでしょう。

4. 森林破壊フリー調達を起点に、環境影響管理を進めるには?   

4.1 食農ESGに求められるデータ基盤   

EUDRをはじめとする森林破壊フリー調達の動きは、単なる規制対応にとどまるものではありません。企業には今後、森林破壊だけでなく、生物多様性、水資源、土地利用、気候変動など、自然資本に関する様々な環境課題を総合的に把握し、説明することが求められるようになると考えられます。

その際に重要になるのが、原材料単位で環境影響を把握できるデータ基盤です。「どの原材料が」「どこで」「どのように生産されたのか」という情報と、その環境影響を結び付けて管理することが、今後の食農ESGの重要な基盤となるでしょう。

4.2 原材料レベルでの環境影響可視化というアプローチ   

代表的な手法がLCAであり、より広い枠組みとして自然資本評価があります。クオンクロップの「Myエコものさし」は、これらに基づいて食品・原材料の環境負荷を製品単位で見える化します。Myエコものさしの大きな特徴として、室効果ガス排出量だけでなく、生物多様性や土地転換など複数の環境指標を用いて食品や原材料の環境影響を可視化することが挙げられます。

今後の食農ESGでは、単に調達先を把握するだけでなく、原材料単位で環境影響を説明できることが重要になると考えられます。Myエコものさしにご興味がある方は、お気軽にクオンクロップまでご連絡ください。

参考文献 

1. IFRS, ISSB and TCFD

2. IPBES, Global Assessment Report on Biodiversity and Ecosystem Services – Summary for Policymakers

3. FAO, Global Forest Resources Assessment 2020 Remote Sensing Survey

4. FAO, COP26: Agricultural expansion drives almost 90 percent of global deforestation

5. UNEP, Agriculture, Forests and Other Land Use (AFOLU)

6. CDP, Global Forests Report 2024

7. CDP, About Us

8. European Commission, EU Deforestation Regulation (EUDR)

9. SAP, Everything businesses need to know about the EUDR to create a sustainable supply chain

10. Delay until December 2026 and other developments in the implementation of the EUDR Regulation | Access2Markets https://eur-lex.europa.eu/EN/legal-content/summary/fighting-deforestation-and-forest-degradation

11. TNFD, Guidance on the identification and assessment of nature-related issues: The LEAP approach v1.1

12. GRI 101: Biodiversity 2024

13. Science Based Targets Network (SBTN), Take Action for Nature Guidance

    Contact お問い合わせ

    会社名必須
    ⽒名
    メールアドレス必須
    電話番号
    題名必須
    メッセージ本⽂