食農産業と水資源―水リスクと水環境への影響をどう捉えるか
近年、食農産業で「水リスク」への関心が急速に高まっています。食や農業に関わるサプライチェーンは、栽培・畜産・加工・洗浄・調理といったあらゆる工程で水に依存しており、水をめぐる環境の変化は事業の根幹に直結します。一方で、食農産業が水資源に悪影響を与え、水リスクを高めているという側面もあります。
本記事では、食農と水の関係を「水資源への依存に伴う脆弱性」と「水資源に与える影響」という二つの側面から整理し、企業が次にとるべき一歩について解説します。
目次
水リスクは「水不足」だけではない
水リスクとは、水に関連して企業の操業・調達・資産価値が損なわれる可能性の総称です。ここで重要なのは、水リスクは「水不足」と同義ではないという点です。国際的な代表枠組みであるWRI(世界資源研究所)は、水リスクを次の三つの側面で整理しています(*1)。
- 量のリスク:水ストレス、水源枯渇、季節・年変動、地下水位の低下といった「水の不足」だけでなく、洪水など「水の過剰」も含みます
- 質のリスク:利用可能な水質の悪化により、事業に使える水が制約されること
- 規制・評判リスク:取水規制の強化や、水をめぐる操業ライセンス(社会的合意)の揺らぎ
とりわけ農業は世界の淡水取水の約7割(2020年時点で72%)を占め、低所得国では約9割に達します(*2)。食品・農業分野は、構造的に「水の上に成り立つ産業」であるといえます。
食農と水の関係には2つの側面がある
ここで見落とされがちなのが、食品・農業分野は、水資源との間に性質の異なる二つの側面がある、という点です。(*3)
- 水資源への依存:農業は水リスク(干ばつ・洪水・水ストレス)に脆弱で、水の変動から損害を受ける側でもあります
- 水資源・水環境に与える影響:農業は世界最大の水利用部門であり、水質汚染の主な要因のひとつでもあります。水環境に負荷を与える側でもあります。
この二つは、しばしば「水の問題」として一括りに語られますが、対策も指標も異なります。近年のESG開示では「ダブルマテリアリティ」という考え方が重視されるようになりました。ダブルマテリアリティとは、サステナビリティ課題を、企業が環境・社会に与える影響(インパクトの重要性)と、その課題が企業の財務に与える影響(財務的重要性)の両面から捉える枠組みです(*4)。この考え方に照らし合わせると、「水資源への依存」は財務的重要性に、「水資源・水環境に与える影響」はインパクトの重要性におおむね関係します。
このように、食農と水の関係は、水リスクを受ける側と、水資源・水環境に影響を与える側の二面から捉える必要があります。両者を分けて捉えることこそが、CO₂排出量偏重を超える環境評価の出発点になります。
次章では、まず水リスクを受ける側としての側面から見ていきます。
食農産業は水リスクの影響を強く受ける
前章で述べてきたように、食農産業が水リスクにとりわけ脆弱であることには、産業としての構造的な理由があります。第一に、作物の生育は降雨量や灌漑用水の確保に直接左右されます(*5)。第二に、気候や土壌に適した生産地域は限られており、水条件が悪化しても短期間で産地を切り替えることは容易ではありません(*5)。第三に、一つの流域で生じた干ばつや洪水は、原材料価格や供給量を通じてサプライチェーン全体に影響を及ぼします(*6)。
こうした脆弱性は、すでに現実の供給ショックとして表れています。近年の広範な干ばつは、砂糖、アーモンド、コーヒーなど複数の作物・産地で生産と供給を揺るがしました(*7)。多くの製品は少数の産地に原材料を依存しているため、主要産地の気象ショックの影響は一企業にとどまりません。
水リスクは、経営・財務リスクとして顕在化しています。CDPの分析によれば、2024年に水関連の開示を行った8,500社超の企業が報告した水関連リスクの潜在的な財務影響は3,390億ドルに達し、その低減に必要な支出は587億ドルと試算されています(*8)。また、投資家等から水関連データの開示を要請される高影響企業の数は、1年間で463社から1,029社へと倍増しました(*9)。原材料の産地で水ストレスが高まれば、調達の安定性や価格に直接影響します。
以上のように、食農産業は水の量的・質的変動に対して脆弱であり、調達の安定性・価格・財務に直結する経営リスクとして、投資家からも注視されているといえます。
次章では、食農産業が水資源・水環境に与える影響を見ていきます。
食農産業は水環境に大きな負荷を与える
この章では、食農産業が水資源へ与える影響を見ていきます。
農業は世界最大の水利用部門であると同時に、水質汚染の主な要因のひとつでもあります。農業の場で即効性のある肥料として多く使用される硝酸塩は、世界の地下水で最も一般的な化学汚染物質です(*10)。肥料・農薬の流出による富栄養化は、淡水生態系や生物多様性、漁業にも影響を及ぼします(*11)。
この「水へ与える影響」を定量的に捉える枠組みが、ウォーターフットプリントです。製品・工程・企業が消費・汚染する水を、直接・間接(サプライチェーン全体)で捉える指標で、次の三つの要素で構成されます(*12)。
- グリーンウォーター:降雨として土壌に蓄えられ、作物に利用される水(消費)
- ブルーウォーター:河川・湖沼・地下水から取水される水(消費)
- グレーウォーター:排出された汚染物質を基準値まで希釈するのに必要な水量(=水質への負荷)
グレーウォーターの概念が示すように、加害者性は「使った量」だけでなく「汚した影響」まで含めて評価されます。農業生産は人類のウォーターフットプリント全体の約9割を占めるとされ(*12)、食農分野が水環境へ与える影響の大きさが際立ちます。
以上より、農業は水の最大の消費者であると同時に、主要な汚染源でもあるといえます。この水環境への負荷を、消費と汚染の両面から定量的に把握することが、いま問われています。
食農産業が水資源・水環境に与える影響と、水リスクから受ける影響を把握する段階へ
ここまで見てきたように、食農産業は水リスクに脆弱である一方、水リスクを悪化させる存在でもあります。どちらも把握・管理すべき課題であるため、企業にはそれぞれを測定・評価することが求められます
水リスクを定量的に測るのは難しく、地域や採用している生産方法によって異なります。 ISO 14046に準拠した『水スカーシティ・フットプリント』の代表的な算出手法であるAWARE法は、地域・時期ごとの水の残余可用量に基づいて重み付けを行い、水ストレスの高い地域での消費ほど影響を大きく評価します(*13)。同じ作物・食品でも、産地や生産方法によって、水環境・水資源に与える影響の度合いも、抱えている水リスクも変わるのです。企業が抱える水リスクと企業が水リスクに与える影響の大きさを測るには、商品・原材料・生産地域・工程などのデータとそれをもとに計測する正確性の高いモデルが要されます。
現在、食品・飲料業界でも、サントリーやセブン&アイのように、水使用・水質を重要課題と位置づけて定量化と開示に取り組む先進事例が現れています(*14)(*15)。
食農産業におけるESGの進展のために
従来のESGでは温室効果ガスの排出が注目されてきましたが、特に食農産業における環境負荷は、温室効果ガス排出量だけでは測れません。水リスクは、温室効果ガス排出量以外で着目すべき指標の一つです。
当社のMyエコものさしは、温室効果ガス排出量に限らず、水に関する指標を含むさまざまな指標に基づき商品・事業の環境負荷を定量化します。
自社が受ける水リスクだけでなく自社が与える影響を今後測っていくことに興味を持たれた方は、ぜひお気軽にクオンクロップまでご連絡ください。
参考文献
1. WORLD RESOURCES INSTITUTE, Aqueduct 4.0: Updated Decision-Relevant Global Water Risk Indicators
3. FAO, Chapter 1: Introduction to agricultural water pollution
5. FAO, Coping with water scarcity(★Word上でタイトルが「A」のみ。正式名称を入れてください)
8. CDP, Internal Water Pricing Unlocks Resilience and Long-term Growth, Reveals New CDP Insights
9. CDP, A turning tide: Investor demand for data on corporate water risks more than doubles in a year
10. FAO, Pollutants from agriculture a serious threat to world’s water
14. SUNTORY, Integrated Disclosures based on the Recommendations of the TNFD and TCFD