拡大する代替肉市場
とESG経営リスク
欧米諸国を起点に世界的な拡がりを見せる植物性代替肉は、既存の動物由来の肉に対する環境負荷面での優位性があり、日本でもその市場規模が拡大しています。本記事では、主に環境負荷の観点から、植物性代替肉市場と企業の留意点を解説します。
目次
食肉業界とESG経営リスク
肉、魚、乳製品等動物由来のタンパク源に代わって人工的に製造される代替タンパク質食品は、世界的に普及しています。とりわけ、代替肉の外観や味、食感、利便性は著しい進化を見せています。
代替肉(alternative meat、plant-based meat)のほか、擬似肉(fake meat)、ベジミート(vege meat)と呼ばれるほか、細胞培養による人工的な食肉(培養肉 、cultured meat)と合わせて、持続可能なタンパク源(sustainable protein sources)と総称されることがあります。
代替肉は、植物代替、微生物発酵、培養の3種類の工程に分けることができます(*1)。本記事で扱う植物性代替肉(以下、代替肉)は、一般的に大豆やエンドウマメ、小麦等を原料とし、ハンバーガーやソーセージ、パテ、ナゲットなどの商品形態を取ります。
代替肉市場の拡大は、消費者の購入意識の多様化に読み取ることができます。エシカル志向や健康志向、工場型集約畜産における動物福祉に関する問題意識等の広がりは、代替肉市場の広がりに寄与しています(*2)。(※エシカル消費については、弊社の過去の記事をご参照ください。)
もっとも、代替肉に対する消費者の関心を醸成した背景として、食肉の生産・消費に伴う温室効果ガス排出、土地・水利用、土壌汚染等の環境負荷が挙げられます。本記事は、代替肉の主要な価値を環境負荷の軽減としての観点から、代替肉市場のリスクと機会を事例とともに機会を解説します。
肉や酪農、卵の生産を担う畜産は、農業の温室効果ガス排出の60%、世界の農地の83%を消費する産業です(*3)。畜産業に伴う廃水や抗生物質の過剰使用も問題視されています。(※食肉業界における国内外のESG動向については、弊社の過去の記事をご参照ください。)
畜産業は、気候変動の重大な原因であるだけでなく、気候変動によるリスクに対して極めて脆弱であることが指摘されています。水や土地、エネルギー等の資本コストの上昇、異常気象による被害に由来する生産性の低下は、畜産関連のサプライチェーン全体に関わる課題だと言えます(*4)。
国際社会や各国政府は、食肉の生産・消費を抑制すると同時に、植物性食品への移行を推進する動きを見せています。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は、動物性食品の需要を減らし、植物性食品の比率を高めることを提言しました(*5)。また、欧州委員会は、食肉を含めた食品関連企業による持続可能性への取り組みをモニタリングすることを提言するなどの動きも見られています (*6)。
このように、近年の代替肉市場は、食肉産業が抱えるESGリスクに応ずる形で世界的に成長していることが窺えます。
代替肉市場の拡がり
米を拠点とする市場調査およびコンサルティング会社 Grand View Researchは、世界の代替肉の市場規模について、2030年までに248億米ドルに達すると予測しています(*7)。消費需要の増加と相まって、代替肉を取り巻く技術革新が加速していることから、継続した市場の成長が世界的に予測されています(*8)。
食品メーカーにとって、動物性タンパク質と代替タンパク質の両方を含んだポートフォリオへと多様化を図ることは、サプライチェーンに対するリスクを軽減し、変化する消費者志向への機動性を高めるだけでなく、企業の成長性、革新性に影響を与える要素として認識されています。
国内市場について、調査会社シード・プランニングは2030年に2020年の2.2倍の780億円に達すると予測しています(*9)。
欧米同様、国内の代替肉市場では、ベンチャー企業の台頭と、大手食肉企業による参入が見られます。不二製油株式会社は1960年台から大豆ミートを手がけ、ロッテリア、一風堂など国内の食品メーカーや外食企業に、原料や製品、技術を提供しています(*10)。
その他にも、DAIZ株式会社やネクストミート株式会社等のベンチャー企業のほか、日本ハム、丸大食品、伊藤ハム等の大手食肉加工会社が植物性代替品の開発・販売を進めています(*11)。 このように、国内では原料・素材、加工製造、小売、外食の各バリューチェーンで、代替肉を扱う企業が登場してきています (*1)。
環境の観点から見る代替肉
盛り上がりを見せる代替肉市場ですが、他方で、代替肉のサプライチェーンの持続可能性に疑問を呈する声も上がっています。研究者や環境保護団体は、代替肉について、それが代替しようとしている食肉よりも環境面で優れているとは一概に言えないと主張しています(*12)。
モノカルチャーと環境負荷
食肉産業の高いGHG排出量は、家畜飼育のための飼料作物の栽培にかかる資源の投入が由来しています。家畜の代表的な飼料作物である大豆は、代替肉の主要な原料でもあります。世界各地の大豆生産地域では、単一の植物だけで構成された大きな畑で、工業的に栽培されます(*13)。
原料の生産規模拡大は、ユニットコスト(単位あたり費用)を削減し効率性を上げる一方、大規模な森林伐採と土地収奪、水資源の利用を伴い、大豆は牛肉に次いで熱帯林破壊の大きな要因だとされています(*14)。
単一栽培で多用される化学肥料や農薬は、土壌微生物による栄養サイクルのバランスを崩します。頻繁な耕作によって侵食と分解が繰り返されることにより、肥沃な土壌を支える有機物が失われ、地中の温室効果ガスが大気中に解放されます。
2021年11月17日、欧州委員会は、大豆をはじめ森林破壊や森林劣化に強い関連をもつ特定商品を扱う事業者に対し、デューデリジェンスを義務付ける立法案を公表しました。厳格なトレーサビリティが、農地拡大による森林減少や森林劣化を抑制し、原産国の法律に基づき、森林破壊に寄与しない製品のみがEU市場に出回ることを目的としています(*15)。
生産者、流通業者、製造業者、小売業者、金融関係者、NGO等からなるマルチステークホルダー組織「責任ある大豆に関する円卓会議(RTRS)」は、経済的に実行可能で、社会的に公正かつ環境的に健全な大豆生産の原則を定めています(*16)。
生産者を対象としたRTRS認証は、森林破壊と土地転用との関連、生物多様性の保護、水や農薬の使用、業務規範、労働条件、地域社会等に関する基準を満たした大豆や加工商品に付与されます。5年間有効で、年1回の監視監査が義務付けられています。
RTRS Chain of Custody Standardは、大豆やその加工品をサプライチェーン上にもつ組織を対象とした規格であり、RTRS大豆の受入、加工、取引を希望する組織には義務付けられています(*17)。 2020年、不二製油グループ本社は、国内で初めてRTRSに加盟しました。森林伐採による農地や労働者の人権侵害と関連のある大豆を調達網から除外し、丸大豆、脱脂大豆、分離大豆タンパクのトレーサビリティーを確保する目標を設定しました。国内の食品産業全体で、カカオやパーム油に続き、大豆の調達に関するドゥーデリジェンスや国際認証取得の動きが広がることが予想されます(*18)。
大豆と遺伝子組換え技術
大豆等の単一栽培は、土壌侵食や生物多様性の損失を伴うだけでなく、遺伝子組み換え作物(GMO)の産物であるという指摘が、環境保護団体等から挙がっています(*19)。
遺伝子組換え技術は、農作物に害虫や除草剤への耐性を付与し、農薬の使用量の削減と除草作業の効率化に貢献します。しかし、遺伝子組換えの影響により、農作物が有害物質を排出したり、雑草の繁殖力が強化されたりする場合があり、より多くの農薬の使用を迫る悪循環が指摘されています(*20)。
代替肉企業の間では、遺伝子組み換え作物に対するスタンスが大きく異なっています。米代替肉大手Beyond Meatは、遺伝子組み換えでない大豆を調達する一方、競合の代替肉大手Impossible Foodsは、遺伝子組換え作物の使用は環境保護に貢献すると公言しています(*21)。
遺伝子組み換え技術は、多くの国において食品規制の対象に当たることから、Impossible Foodsは、米国、カナダ、香港、マカオ、シンガポール、アラブ首長国連邦のみに展開しています(*1)。
日本国内では、2023年4月1日から新たな遺伝子組換え表示制度が施行されます。代替肉の主原料である大豆を含む農作物について、遺伝子組み換え不使用表示が厳格化されます(*22)。
国内メーカーは、外国の生産者に奨励金(プレミアム)を支払うことで非遺伝子組み換え大豆を輸入していますが、当製品の世界的な需要が高まり、調達競争が激化することが予想されています(*23)。
今後の代替肉事業においては、環境負荷の課題に対応するにあたり、遺伝子組み換えに関する規格と、輸入大豆のコストの動向への検討も不可欠であると言えます(*24)。
代替肉のESG評価をめぐる議論
サプライチェーン全体の透明性に対する投資家や消費者の要望が高まりから、食品産業はESGへの取り組みを求められていますが、代替肉もその例外ではありません。
ESG評価機関であるSustainalyticsは、Beyond MeatのESGリンクを深刻なリスク(Severe Risk)とし、対象とした588の食品メーカー企業のうち、512位にランク付けしました。この評価は、世界の食肉加工最大手Tyson FoodsやJBSと同程度かそれ以下となっています(*25)。
財務データを提供するS&P Global Market Intelligenceは、2018年、同社の気候変動関連リスクに関する透明性を0%とした一方、Tyson Foods社は98%でした(*26)。
前述のとおり、食肉業界全体として高い環境負荷を伴うことに加え、価格操作の訴訟、関税、消費者の健康への懸念等の課題が指摘されています。新型コロナウイルスの感染拡大時、工場でのクラスターの多発や労働者の重大疾病、生産中断などが顕著となりました(*27)。 Beyond Meatについては、詳細なESG情報開示の不足が低評価の理由とされています。同社は製品の品質や安全性、森林破壊、人権、農薬、合成肥料の使用、持続可能な原料の調達計画等、サプライヤー選定を含んだ方針に関する透明性を欠いていたことから、土壌の健全性や生物多様性を損なう危険性があるとされました。
LCA評価から見る代替肉
前章で紹介したESG評価は、透明性のほか環境、社会、ガバナンスの多岐にわたる項目を網羅して評価でされるため、特に上場企業向けに、企業体全体のリスクを評価するうえでは有効である一方で、未上場の中小企業や、個別の製品の観点での環境性能やリスクを評価する目的には活用しづらい側面もあります。
本記事で取り扱っている代替肉についても、条件によっては、その製品としての環境面での優位性が強みになりうるわけですが、代替肉の環境面に特化した評価がESG評価では見えにくい難しい場合があります。
他方でISOでも定められ国際的にも認知されている環境影響評価手法であるライフサイクルアセスメント(LCA)では、原材料の調達から製造、加工、流通、販売、廃棄にわたる製品のライフスタイルから、製品が環境に与える影響を定量的に評価することが可能となります(*28)。
LCAでは、製品のライフスタイルにおける各ステップをモデル化することで、生産にかかる資源やその過程で発生する廃棄物や排出物の量を推測し、独自の指標から環境負荷を算出します。また、製品の環境宣言や認証制度などによるマーケティング戦略に貢献します(*29)。
たとえば、ジョンズ・ホプキンス大学の研究では、既存のLCA報告書を照合し、代替肉と食肉について、ライフサイクル全体で排出される温室効果ガスの総量を指す温暖化係数(GWP)から比較しています(*30)。また、Beyond MeatとImpossible FoodsのLCAによれば、各社のハンバーガー1kgあたりのGWPは、それぞれ3.4kgCO2-eq/kgと3.5kgCO2-eq/kgで、完全混合飼料で飼育された米国産牛肉を下回ります(*31)(*32)。
代替肉の環境負荷を判断する際、比較対象として食肉が持ち出されることが多いですが、あらゆる食品の中でも食肉は環境に最も大きな負荷をかけます。LCAによって、代替肉を、工業的に生産された食肉だけでなく、持続可能な畜産の方法で生産された食肉や、加工の程度が低い植物性タンパク源等、より広範囲で多様な食品群と比較し、代替肉の環境負荷を相対的に捉えることができます(*33)。
持続可能性に貢献するとして注目される代替肉ですが、その環境性能や持続可能性に対して、様々な意見が存在する中、こうした評価の根拠付けには十分な検討は重要となります。
持続可能な世界の食料システムの実現を目的とした国際的な非営利シンクタンクGood Food Institute (GFI)は、英語圏で実施された植物性代食肉のライフサイクル比較評価を収集し、土地利用(m2-y/kg)、温暖化(kg-CO2-eq/kg)、酸性化(g-PO43–eq/kg)等の指標から各製品の差異を示しています(*34)。
自社の代替肉製品の環境負荷を定量的に示すことは、他製品との違いを視覚化し、環境や食糧問題の解決に貢献したいと考える消費者にアプローチする上で、有効的な戦略となり得ます。
ESG の観点から自社の企業価値向上に効率的に実現するために
本記事で取り上げたように、大量の資源を必要とする食肉と比較し、代替肉は、温室効果ガスの排出が抑えられ、持続的な食料システムを実現できる商品として、社会的な注目を集めています。他方、持続可能性に関する高い期待値に答えることが求められる市場でもあります。
そうした市場において、自社製品に対してLCAによる評価を得ることは、自社の代替肉製品が、競合製品も含む代替肉市場の中で、環境面でどのような位置づけにあるかを把握し客観性をもって市場に発信することができます。
本記事では1つの代替肉におけるトレンド事例を抜粋して紹介しましたが、クオンクロップでは、外資系戦略コンサルティングファーム出身者を中心としたESG経営データ分析の専門家チーム及び独自の分析ノウハウを有するシステムを活用し、各企業が「選ばれる」ために必要十分なESG活動を把握し改善を支援する「ESG/SDGs経営度360°診断&改善支援」・「Myエコものさし」等のサービスを提供しております。
分析検討チームが社内に既にあり、ESG経営を既に推進している企業様における分析の効率化のみでなく、ESG経営分析のチームは現状ないものの、これからESG経営に舵を切る必要性を感じておられる、比較的企業規模が小さい企業様に対しても活用いただけるサービスです。ESG経営の効率的な加速のための、科学的かつ効率的な分析アプローチにご関心のある企業様は、是非クオンクロップまでお気軽にお問い合わせください。
クオンクロップESGグローバルトレンド調査部
引用
*1
*2
https://www.jeri.or.jp/membership/pdf/research/research_1910_01.pdf
*3
*4
https://www.maff.go.jp/j/kanbo/kankyo/seisaku/climate/attach/pdf/visual-60.pdf
*5
https://www.ipcc.ch/site/assets/uploads/2019/08/2f.-Chapter-5_FINAL.pdf
*6
https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2020/a718804066114a95.html
*7
https://www.grandviewresearch.com/industry-analysis/plant-based-meat-market
*8
https://gfi.org/marketresearch/
*9
https://www.seedplanning.co.jp/press/2020/2020060901.html
*10
*11
*12
*13
https://www.fairr.org/sustainable-proteins/food-tech-spotlight/building-esg-into-food-tech/
*14
https://ourworldindata.org/soy
*15
https://ec.europa.eu/commission/presscorner/detail/en/qanda_21_5919
*16
https://responsiblesoy.org/about-rtrs?lang=en#que-es
*17
https://responsiblesoy.org/certificacion?lang=en#certification-benefits
*18
*19
*20
https://www.affrc.maff.go.jp/docs/anzenka/attach/pdf/GM1-1.pdf
*21
*22
*23
https://www.ssnp.co.jp/news/soy/2021/07/2021-0726-1450-16.html
*24
https://www.maff.go.jp/j/jas/attach/pdf/yosan-27.pdf
*25
https://www.sustainalytics.com/esg-rating/beyond-meat-inc/2003477310
*26
*27
*28
https://www.nikkakyo.org/sites/default/files/ICCA_LCA_Executive_Guid.pdf
*29
*30
https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fsufs.2020.00134/full
*31
https://css.umich.edu/sites/default/files/publication/CSS18-10.pdf
*32
*33
https://foodprint.org/reports/the-foodprint-of-fake-meat/
*34