ロンドンの食とサステナビリティの動向
昨今、食の領域においてもサステナビリティの重要性が高まっています。とりわけ先進的な動きを見せる欧州地域の都市ロンドンでは、消費者のサステナビリティへの意識の高まりや環境負荷に関する表示の規制など日本とは異なる様々な動きを見せています。本記事では、弊社調査部がロンドンに訪問し、実際に見てきた食とサステナビリティの動向についてご紹介します。
食領域におけるサステナビリティの重要性
昨今さまざまな業界で持続可能性(サステナビリティ)が重要視される中で、食の領域での関心も高まっています。FAOによると2019年の世界の温室効果ガス総排出量の31%が食料システムに由来しており、国際会議などでも取り上げられるトピックとなりました(*1)。
2023年11月30日からドバイで開催されたCOP28においては、「持続可能な農業、強靭な食料システム及び気候行動に関するエミレーツ宣言」が発表され、持続可能な発展と気候変動対策強化のための協働を呼びかける目的として制定されました。COP30(2025)までに各国の国家適応計画等への食料システム・農業を統合することが行動として求められ、150か国以上が同宣言参加しています(*2)。
こうした食領域におけるサステナビリティへの意識が世界的に高まる中で、とりわけ欧州地域は先進的な動きを見せています。今回は、弊社がファイナリストに選出され、三菱UFJ信託銀行賞を受賞したMUFG ICJ ESG アクセラレーター「FOOD×TECH Mercato」(*3)においても主催グループの一社であったモビメント・メトロポリターノが運営するロンドン発のサステナブルなコミュニティ・フードマーケット「Mercato Metropolitano」をはじめとした、現地の食の現場を実際に弊社の ESGグローバルトレンド調査部が訪問調査したロンドンにおける食×サステナビリティの動向についてご紹介したいと思います。
消費者によって異なるサステナビリティへの意識の高まり
イギリスでは庶民向けから中価格帯、高価格帯のどのチェーンの小売店でもサステナビリティを意識した商品の取り扱いがあります。例えば、乳製品不使用の商品など特定の食材を使用せず作られたフリー食、オーガニック商品やプラントベーストの商品などが挙げられます。
一方で、そうした商品が占める棚の割合はチェーン店の価格帯によって異なります。店舗の規模に基づいて、品揃えのばらつきはありますが、大型の高級スーパーでの品揃えは豊富な印象を受けます。特に、Waitrose(*4)などの高級スーパーマーケットチェーンにおいては、オーガニック野菜のプライベートブランドがあったり(*5) 、代替肉コーナーや、プラントベーストのチーズなど、オーガニック以外の商品の数と幅も非常に充実していました。
しかしながら、スーパー内で歩いていても、オーガニック商品売り場とそうでない商品の売り場の棲み分けが行われているわけではなく、よく見るとオーガニックと書いてあるといった形で、喧伝されている様子はない為、消費者にとっては比較的わかりづらく表示されていました。
サステナブルな食材のラインナップは、一般的なチェーンの小売店だけでなく、そういった商品を専門的に扱う専門スーパーマーケットも多くありました。弊社調査部が訪れたロンドンに位置するオーガニックストアでは、オーガニックではないもののサステナビリティの面で配慮がされているメッセージが出せる乳製品不使用の商品や、グルテンフリーや、ローシュガーの商品なども取り扱われていました。オーガニックかどうかだけでなく、多様な客観的観点で説明力がある商品であれば、こうしたサステナビリティをテーマとした棚を獲得できるという例として、生産者や商品メーカーにとっても、サステナビリティ面での販路拡大の機会に関する示唆であると見ています。
オーガニックはイギリスにおいては「農場で栽培された原材料の少なくとも95%がオーガニック」であれば商品にオーガニックと表示することができる(*6)ようですが、オーガニックストアにおいても、オーガニックという一軸に限らず、オーガニックではないもののプラントベーストやヴィーガン、ベジタリアンやグルテンフリー、デイリーフリーなど説明力のある商品が、陳列される状況になっています。
また、小売のみならず、飲食業界においてもサステナビリティを意識した動きが活発になっています。先述したロンドンで話題のサステナブルなコミュニティ・フードマーケットであるMercato Metropolitano(*7)は、ローカルをコンセプトとしたフードコートです。
Mercato Metropolitanoは2015年イタリアのミラノ万博の期間中に、150,000 平方フィートの廃駅を再生するプロジェクトから開始しました。最初のメトロポリターノ マーケットの開発は、その場所の元の外観と特徴を維持し、都市の歴史に対する地元コミュニティの愛着を保護するように計画されました。2016年にはロンドンに進出し、現在4店舗を構えています(*8)。
一号店であるエレファントキャッスル店は、廃工場を改装して建てられ、立地が中心部から少し離れているためか敷地も広く、単価も安めの設定で30以上の店舗があります。また、ボクシングができるところや、音楽が演奏できたり映画を上映できたりするような場所があり、食以外でも地域に関わろうとしている印象を受けました。
教会を改装したメイフェア店は、立地がとても良く、エレファントキャッスルより単価が高い店舗やメニューが多く見られました。また、教会の中にあるという作りのため、写真を撮りに訪れている層も一定数見受けられ、観光スポットとしても機能しているように思われました。
このように店舗ごとでの印象や客層は異なるものの、総じてMercato Metropolitanoにおいては地域に根ざした形の運営であることや、それらを体感できる印象的な場づくりを強い訴求ポイントとして、現地でも賑わいを見せていました。サステナビリティや社会的価値の訴求においては、単なるモノの販売でなく、コト・体験を伴った訴求が重要であると言われますが、本事例もその一例と言えるかと思います。
他方で、サステナビリティや社会的価値に加えて、食においては重要である味の面では、日本人の感覚からすると特別感を感じづらい部分もありましたが、現地のユーザーにヒアリングすると、現地の人には旧来からあるパブ文化の延長として、食事の選択肢やクオリティが上がる新しい形のパブ、またはコミュニティとして捉えられ、賑わいを見せている、という文化的背景もある様でした。これらの背景は、ロンドン現地のMercato Metropolitanoを理解する上で、重要な観点と言えるでしょう。
また、サステナビリティへの意識は現地の日本食レストランにおいても見受けられます。ロンドンの高級住宅街チェルシーに位置するDining SW3(*9)では、サステナビリティをテーマとしたイベントを開催し、そこで生まれた新しくかつサステナブルなレシピ・メニューを一般提供しており、通常メニュー表とは別のサステナビリティメニューリストとして、利用者に提供していました。
取組例を紹介すると、このレストランでは4人のシェフと共同でサステナブルな魚のプロジェクトなどが挙げられます。実際に船に乗り、どのように捕獲しているかを確認し、大きさや季節性など全ての規制を守っているところからのみ仕入れることで、高品質でサステナブルな原料を使っています。また、調理する際も全ての部位を利用し、廃棄物を減らすことで、より持続可能な食事方法を追求するなどの取組を行っています(*10)。
グリーンウォッシュに関する規制の制定
これまで議論してきたように、欧州全体としてサステナビリティに関するトレンドの高まりはあり、サステナビリティを売りにした商品を売り出したい企業も増えていますが、一方で、科学的根拠に基づかない表示も増えてきているため、昨今ではグリーンウォッシュの取り締まりが強化されています。グリーンウォッシュとは気候変動対策やサステナビリティを、実際の取組よりも過大に宣伝している状態のことを示します(*11)。
グリーンウォッシュについては過去の弊社記事「グリーンウォッシュ/SDGsウォッシュ
に求められる対応」をご参照ください。
欧州ではグリーンウォッシュの規制の動きが強まっています。その規制の一つに、認証ラベルに対する規制が挙げられます。2023年、欧州委員会(EC)は「グリーン・クレーム指令」と呼ばれる指令案を提出しました。この提案では、EU市場全体で誤解を招く環境メッセージを排除し、増大するグリーンウォッシングの問題に対処することを目的としています。同指令では企業が環境認証マーケティング方法や、記載方法に関して、EUで初めて一連の規則を概説しています(*12)。
EUのみならず、イギリスにおいても同様の動きが見受けられます。イギリスでは、2021年にクリーンクレームコードが発表されました(*13)。このガイドラインでは、競争市場庁によって、企業の環境に関する主張が正しいのか確認する際に考慮すべき6つのポイントをあげています。
また、2023年に採択されたデジタル市場・競争・消費者法では、消費者の購買決定に影響を与える可能性がある場合に、製品またはサービスについて誤解を招くような発言や重要な情報の省略を行った際には、企業が不公正な商行為に従事したとみなされ、違法と判断されることとなっています(*14)。
また、日本においては、こうしたグリーンウォッシュに特化した規制はないものの、規制に向けて動きが出てきています。2022年12月には、日本においてはじめてグリーンウォッシュに関する摘発が消費者庁によって行われました。消費者庁は生分解性プラスチック製品を販売した10社に、十分な根拠がないのに自然に分解されるかのように表示したのは景品表示法違反(優良誤認)にあたるなどとして、再発防止などの措置命令を出しました(*15)。
EUやイギリスなど先進的な地域においてグリーンウォッシュの規制やルール作りが強化されていく中で、サステナビリティを強みとした商品やサービスを訴求していくには、科学的・定量的根拠に基づいた様々なステークホルダーに対して説明力を伴った発信を行うことで、グリーンウォッシュと捉えられないようにすることが、ビジネス機会やリスク回避の観点でも重要です。
自社の商品価値・企業価値向上につなげるために
上記のようにイギリスでは消費者間で意識の差はあるものの、サステナビリティに関する食の市場は日本よりも先進的であり、多様化を見せています。こうしたサステナビリティに配慮をした食の需要が拡大する中で、そうした商品を売りにしたい企業も増えており、グリーンウォッシュ等の規制についても日本と比較して先進的な様子を見せています。
世界の潮流としてサステナブルな食への関心は益々高まり、グリーンウォッシュの規制なども含めたさまざまな規制が強化されていく中で、サステナビリティを強みとして売り出すには従来よりも、より科学的・包括的・定量的なアプローチが求められています。
弊社では、国内外の規制やガイドラインを参照する環境負荷分析手法であるライフサイクルアセスメント(LCA)を中心として、多角的な環境指標の定量化に関する分析モデルの効率化や整備を行っています。特に、食農分野における1次産品(農産物・海産物)、加工品、外食メニューなど、様々な食のエコスコアの評価・発信を行っており、これらの分析を効果的に推進するシステム・サービスを提供しています。
科学的かつ定量的な手法を用いて分析を行った食品エコ指標を活用して、自社の商品に更なる魅力の発掘・発信にご関心をお持ちいただいた方はお気軽にお問い合わせください。
クオンクロップESG グローバルトレンド調査部
参考文献
2.https://www.maff.go.jp/j/kokusai/kokusei/kanren_sesaku/attach/pdf/COP28-4.pdf
3.https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000032.000064719.html
6.https://www.gov.uk/food-labelling-and-packaging/organic-food
7.https://mercatometropolitano.com/the-mercato-story/
9.https://www.diningssw3.co.uk/#news
10.https://www.greatbritishchefs.com/features/what-is-fin-to-gill-sustainable-fish-cookery
11.https://www.tokyo-cci.or.jp/kentei/column_greenwash/
13.https://greenclaims.campaign.gov.uk/check-your-green-claims/
15.https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC134BC0T10C23A7000000/