コロナ禍で起きている
米国起点での優秀層の
退職トレンドの変化
本記事では、コロナ禍のアメリカで起きている “Great Resignation (大退職時代)” を起点とした、ESGの『S』(ソーシャル)に関する「企業と従業員の関係の変化」を紹介します。優秀な社員を転職や退職に向かわせる要因、及び今の職場に留まらせた要因には企業のESG経営への取り組みが関係しており、日本企業に対しても関連する示唆がある事象です。
目次
アメリカで起きている
“Great Resignation”とは
新型コロナウィルスの影響(以下「コロナ禍」と省略)で、働き方や、従業員が会社に求めるものが大きく変わってきています。特に世界第1の経済大国のアメリカでは、企業と従業員の間のミスマッチが生まれ、退職に繋がるケースも多数見られています。
米国労働統計局によると、同国では、2021年8月に130万人が仕事を失いました(*1)。ところが驚くことに、前月の7月には、その3倍以上の400万人が依願退職をしています。依願退職者数は4月にピークを迎え、ここ数ヶ月は過去に類を見ないほどの異常に高い水準で推移しています。それに比例して求人数が急増し、7月末時点での公開求人数は過去最高の1,090万件となりました。
Bankrate Seeker Surveyの調査では、55%が今年のうちに新しい仕事を探すことを検討しており、56%が労働時間の見直しやリモートワークへの移行が優先事項だと答えています(*2)。多くの人が時間の使い方を見直し、今の仕事に本当に価値があるのか考え直し、その結果、何か変化が必要だと決断をする人が多いのです。傾向は特に女性で強く、子供の日常の世話、リモート学習の手伝い、キャリアとのバランスを考え仕事を辞める人が多いようです。
この大量依願退職の現象は、2008年の世界金融危機(Great Recession)になぞらえて “Great Resignation (大退職)” と呼ばれています(*3)。
優秀な社員を転職・退職に向かわせる要因、
これまでの退職傾向との違い
これまで米国で経済が衰退すると、スキルが足りないという理由で役職を持たない若年層が多く職を失う傾向にありました。ところが今回のGreat Resignationでは、ホワイトカラーや役職を持っている中間管理職層、また会社の経営に関わるマネジメント層においても多くの従業員が自らの意思で職を離れています。何故この様なことが起きるのでしょうか。
主な退職理由として、“Burn out (バーンアウト)” が挙げられます。Burn outは、これまで物事に意欲的に取り組んでいた人が、あたかも燃え尽きたかのように意欲をなくし、社会に適応できなくなってしまう状態を指します。Adobeの調査では、コロナ禍以降、これまでより長く働く企業文化が根付き、仕事とプライベートの境界線が曖昧になったとしています(*4) (*5)。
更に、アメリカの大企業においては、41%の職員が仕事とプライベートの線引きに苦労しており、44%が常に“reachable(会社から連絡が取れる状態)”でいなければならないことにプレッシャーを感じているとも発表しています。
Great Resignation の名付け親であるTexas大学経営大学院准教授のKlotz氏はCNBCのインタビューに対し、Burn outは従業員が仕事を辞める予測因子になると語っています(*6)。Burn outが起こると、心身ともに疲れ切った状態が続き、仕事への情熱を失ってしまいます。リモートワークによって「職場との繋がりが薄くなった」「上司の面倒見が悪い」などを感じながら仕事を続ける中で、それがプレッシャーやストレスとなり重くのしかかることで、元々自分が好きな仕事で管理職となったマネージャー層は、会社が自分のことを気にかけてくれないという理由で、自分のポテンシャルをより活かせる場所を探すため、依願退職を選択するということです。
企業のESGへの取り組みが
従業員へ与えた影響
従業員を失った場合、会社に取っては痛手となります。2017年のThe work instituteの調査では、アメリカの給与の中央値が約45,000ドル(日本円で約495万円*7)であるのに対して、従業員が1名離職した際の平均コストは約15,000ドル(日本円で約165万円*7)です。同グループによると、アメリカでの従業員の離職コストの2016年総額は5,360億ドル(日本円で約60兆円*7)に上ります(*8)。
ところが、これは業界や職種に共通するものではなく、一部企業ではGreat Resignationの渦中であっても社員が在籍し続けています。米国在住の18歳以上の正社員1,800人以上を対象にオンライン上で行われたアンケートでは、強力な環境・社会・ガバナンス(ESG)戦略を採用することが、今いる従業員を維持してGreat Resignationに対抗する重要な方法の1つであるという調査結果が発表されました(*9)。
また、今年初めに発表された「従業員エンゲージメントの現状」の調査では、自分の会社が世界に強いポジティブな影響を与えていると答えた従業員の93%が仕事を続けるつもりで、その意見に同意しなかった従業員の間では、現在の仕事に留まろうと考えていたのはわずか50%でした。
別の例として、McKinsey & Companyの調査では、危機の初期段階でソーシャル・キャピタルを構築してきた組織は、労働力が復帰段階に移行したときに、他の組織よりも有利な立場にあるだろうと発表しています(*10)。これは、現在少しずつ経済が回復し始めているアメリカにおいて、ESG経営に取り組んできた企業が他社と比べ優秀な社員を惹きつけやすいことを示しています。
また、直近の各企業のESGの取り組みも加速しています。米国大手チェーンのTargetは、働きながら大学に通う従業員への学習支援として、学費や教材費を全額負担すると発表しました。Chipotle, Starbucks, Walmartも似た様な返済不要の奨学金制度を発表しています(*11)。またマクドナルドは従業員の満足度向上のために時給を上げることを発表し、Walmart、Walgreenも似た様なプログラムを発表しました(*12) (*13) (*14)。これらのESGの取り組みが従業員の与える影響として評価できるのは今後になりますが、いずれの企業も、ESG経営にこれまで以上に力を入れることで従業員の定着度を高めようとしていることが見て取れます。
日本における転職・退職意欲の変化
仕事に対して人が割り当てられる米国のジョブ型雇用と比べ、企業文化にマッチする人材を採用するメンバーシップ型雇用が主流である日本企業では、Great Resignationそのものが生じる可能性は低いかもしれません。しかし、ESG経営に取り組み、社員との結束が固い企業ほど、優秀な人材の離職を防ぐことには変わりはありません。
日本でも近年では、転職率・転職数が増えており、人材の流動性が以前と比べて欧米型に近づいてきていることも確かです。総務省によると、2019年の転職者は351万人で、比較可能な2002年以降最多となっています(*15)。転職に対する理由としては、「より良い条件の仕事を探すため」という理由が127万(42%)と最も多く、従業員数が多い会社での転職者や正規雇用間での転職も増加しています。この傾向は特に若年層に多く、転職者比率の全世代の平均が4.8%から5.2%までの上昇幅であるのに対し、25~34歳では7%から8%まで上がっています。この背景には、終身雇用制の衰退や仕事に対する意識の変化などが挙げられます。
今回のコロナ禍では、日本ではアメリカと同じことは起こらず、有効求人倍率が急激に下がったことを受けて転職者数は減少しましたが(*16)、一方で、国内最大規模のハイクラス転職サイトであるビズリーチが同社の会員向けに行った調査では、コロナ禍で転職意欲が上がったと答えた人が84.6%に上り、そのうち22.6%は新型コロナの感染拡大以降に転職を検討するようになったと回答しています(*17) (*18)。
今後、人材の流動性が高まれば高まるほど、人材の獲得・定着における競争環境も激しくなり、ESG経営への取り組みを疎かにすることは、優秀な社員の流出に繋がる恐れがあると言えます。
全ての投資機関に評価される
企業となるために
本記事で取り上げたように、ESG経営に取り組むことで従業員にとって魅力的な企業に映り、優秀な人材を確保することでそれが企業価値を高めることに繋がります。また、ESG経営や投資を通じて、自社の企業価値を高める機会を増やし、あるいは企業価値を毀損するリスクを低減したいと考えておられる企業は多数あるかと思います。ではどうやってその機会やリスクを低減することができるでしょうか。
まずは、その機会やリスクを正しく把握することが非常に重要になります。但し、正しい把握のためには長期的利益の観点で、自社だけではなく、他社や他業界を含めた多数のESGデータを比較分析していくことが必要になります。
他方、ESG指標は代表的なものだけでも国内海外に数十とあり、それぞれの指標で数十以上の評価項目が設定されています。また、これらの指標基準も毎年アップデートされています。従って、国内海外のESGトレンド及びそこから波及する自社への事業リスクや機会を体系的に「広く」把握し続けることは多くの企業にとって容易ではありません。
また、把握したトレンドやESG指標を自社の事業データと関連付けて定量的に考察し、自社の事業戦略に繋げる「深い」分析も多くのデータ処理や工数が必要になります。ESG指数の『S』という個別要素に目を向けても、様々な指標と計算手法があり、分析が複雑に構造化されています。
こうした「広く」「深い」分析アプローチを効率的に行うためには、各社がそれぞれで調べて対応するより、ノウハウを集約した専門家部隊が実行した方が不要な工程を削減し、また同じ工程を行う速度も速いため、極めて効率的かつ効果的となります。
本記事では1つのESGトレンド事例を抜粋して紹介しましたが、クオンクロップでは、外資系戦略コンサルティングファーム出身者を中心としたESG経営データ分析の専門家チーム及びAIを含む独自の分析ノウハウを活用し、各企業が「選ばれる」ために必要十分なESG活動量を把握し改善を支援する「ESG/SDGs経営度360°診断&改善支援」などのサービスを提供しております。
ESG経営分析のチームが社内に既にあり、ESG経営を既に推進している企業様における分析の効率化のみでなく、ESG経営分析のチームは現状ないものの、これからESG経営に舵を切る必要性を感じておられる、比較的企業規模が小さい企業様に対しても活用いただけるサービスです。ESG経営の効率的な加速のための、科学的かつ効率的な分析アプローチにご関心のある企業様は、是非クオンクロップまでお気軽にお問い合わせください。
クオンクロップESGグローバルトレンド調査部
引用文献
*1 https://www.bls.gov/news.release/jolts.nr0.htm
*2 https://www.bankrate.com/personal-finance/job-seekers-survey-august-2021/
*4 https://www.adobe.com/documentcloud/business/reports/the-future-of-time.html
*6 https://www.youtube.com/watch?v=1hKXEEUElO8
*7 2021年12月の為替レートより概数として110円/USドルで換算
*12 https://corporate.mcdonalds.com/corpmcd/en-us/our-stories/article/.mcopco-wage-raise.html
*15 https://www.stat.go.jp/data/roudou/topics/topi1230.html
*16 https://www.jil.go.jp/kokunai/statistics/covid-19/c07.html