気候変動リスクに対して
加速する脱石炭火力投資
気候変動対策において、電力業界のみならず、国内商社の火力発電への投資撤退を始め、金融業界から相次ぐ火力発電へのダイベストメント(投融資の引き揚げ)の動きが加速しています。本記事では、火力発電に対するESGの評価とビジネスとのつながりについて解説します。
目次
加速する石炭火力発電投資からの離脱
気候変動対策・脱炭素化社会への移行に向けて、世界各国・企業での取り組みが加速化しています。
2020年、東芝は石炭火力発電所の建設について新規受注を止め、火力発電事業の縮小を発表しました(*1)。また伊藤忠商事は、GHG(温室効果ガス)排出量を2040年までにオフセットゼロする目標を掲げ、2021年にインドネシアにおける石炭火力発電所の完成と営業運転開始を見届けた上で、売却の交渉を模索すると明言しました(*2)。同社が出資する現地事業会社は、2016年に総額約34億USドル(日本円で約3,800億円*3)相当のプロジェクトファイナンスの融資契約を株式会社国際協力銀行(JBIC)や株式会社三井住友銀行等と結んでいました(*4)。その他にも、三井物産がインドネシアの発電所の権益を売却する意向を示すなど、各商社やメーカーが石炭火力から脱退の動きを見せています(*5)。
CO2(二酸化炭素)による気候変動問題は、1985年にオーストリアで開催された気候変動に関する世界会議(フィラハ会議)を機に注目が集まりました。発電時にCO2を大量に排出する火力発電は、電気事業分野において兼ねてより気候変動に影響を与えることで問題視されており、2015年にはイギリスの大手メディア「ガーディアン・メディア・グループ」からは約8億UKポンド(日本円で約1,200億円*6)にも上る化石燃料資産の売却の発表がありました(*7)。
石炭火力発電投資とESG指標
こうした気候変動に対する問題意識を背景に、ESG投資が脚光を浴びています。ESG投資とは「従来の財務情報だけでなく、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)要素も考慮した投資」のことを指します。
本記事で解説する火力発電はESGの『E』に該当し、『E』のカテゴリーの評価にGHG排出量の評価項目が採用されています。詳細にみますと、GHG排出量のことを指す「サプライチェーン排出量」は、3種類のスコープに分けて算定されています。
「スコープ1」は事業者自らによるGHGの排出であり、生産工程や事業活動における燃料の燃焼など直接的な排出量が該当します。「スコープ2」は間接排出量であり、生産工程や事業活動において、他社から供給された電気・熱・蒸気等の生産時に発生している間接的な排出量を指します(*8)。「スコープ3」はスコープ1,2以外の間接排出量を指し、具体的にはサプライチェーンの上流・下流における排出を指し、自社製品を利用する顧客が当該製品を利用する際に排出するGHGや投資なども該当します(*9)。
火力発電会社におけるGHG排出量は「スコープ1」において評価され、その電力を使用する企業は「スコープ2」において評価されます。本記事で着目している火力発電からの投資撤退宣言は、「スコープ3」に基づく観点での評価になります。
世界中で運用されている資産の約11兆USドル(日本円で約1,200兆円*3)のベンチマークとして、運用されているMSCI指数を算出・公表するMSCI(モルガン・スタンレー・キャピタル・インターナショナル)社は、2040年より前にGHG排出量実質ゼロとする誓約を発表し、今までに重視されていた「スコープ1」や「スコープ2」に加え、「スコープ3」において気候変動対策に消極的な投資先や関連企業をポートフォリオから外す動きがあります(*10)。ESG観点を持った投資へのシフトが顕著化しています。
石炭火力発電とSDGsとの繋がり
ここまでESGについて触れましたが、近年世界中で取り組みが進むSDGsとの関係性について考察していきます。SDGsは国や業界レベルで目指す目標であり、定性的に各企業の活動を評価する際にSDGsを用いて議論を行うことができます。しかし、定量的に各企業の活動を評価する際にはESG指標が用いられます。企業が掲げる目標や実績をESG指標を用いて細かく分析・考察することは、目標達成においてより重要になります。
具体的には、SDGsとは国連によって採択された、2030年までに貧困撲滅や格差の是正、気候変動対策など国際社会に共通する17の大きな目標と、17の目標を達成するための具体的な169のターゲットで構成されています。
今回の火力発電への取り締まり強化は、環境問題に着目したSDGs 7.「エネルギーをみんなにそしてクリーンに」の項目に該当します。そして、ターゲット7a.「2030年までに、国際的な協力を進めて、再生可能エネルギー、エネルギー効率、石炭や石油を使う場合のより環境にやさしい技術などについての研究を進め、その技術をみんなが使えるようにし、そのために必要な投資をすすめる」にあるよう、国際レベルで環境への負荷の少ないエネルギー資源・技術への投資額の流入を促進しています(*11)。
また、同年に開催された気候変動枠組条約第21回締約国会議(COP21)においては「世界の平均気温上昇を産業革命以前に比べて2℃より十分低く抑え、1.5℃までに制限する努力をする」パリ協定が採択されました(*12)。世界各国が細かい目標を設定し、脱炭素化に向けての取り組みを活発化させています。
このように、パリ協定やSDGsがより持続可能な社会を目指すための、国レベルのマクロな目標であるのに対し、ESG指標は持続可能な社会の実現に向け、企業レベルのミクロな取り組みを測ります。従ってここからは、ESGの観点から、各企業にどのような事業インパクトが生まれているのかについて深掘りしたいと思います。
石炭火力発電投資と企業価値の関係
2015年のCOP25では、機関投資家世界大手631機関が各国政府に対し、気候変動対応へのアクションを一段と強化するよう要請する共同書簡の発表があり、機関投資家全体で気候変動対策への機運が高まっていることがわかります(*13)。
2019年には、運用資金1兆USドル(日本円で約110兆円*3)超を擁する、世界最大級の機関投資家であるノルウェー政府年金基金(GPFG)が、総額130億USドル(日本円で約1.4兆円*3)に当たる石油・ガス関連企業へのダイベストメントを決定し、その代わりに再生可能エネルギーへの投資を本格化させると声明しました(*14)。また、2020年には、世界最大の資産運用会社ブラックロックのCEOが石炭火力へのダイベストメントを発表しました(*15)。金融機関がESGの『E』に当たる環境リスクを考慮して火力発電に関連する投融資の見直しやダイベストメントなどを進め、責任のある投資への広がりを見せています。
さて、資産運用企業が積極的に火力発電への対応方針を固めている中、そのビジネスインパクトを見ていきます。ダイベストメントのレベルは各社によって異なりますが、この記事では火力発電関連において直接ダイベストメントを表明している投資機関が生み出す影響を測ります。ブラックロックやバンガードグループを先頭とする、運用資産規模世界トップ20社中11社がダイベストメントへの方針を表明し、そのダイベストメント金額は20社合計投資額の約52%に上り、総額約24億USドル(日本円で約2,600億円*3)になります(*16)。運用資産規模世界トップ20の半数以上が火力発電からの撤退に積極的な姿勢を見せています。
また、2021年4月にUN Climateは、国際経済をゼロエミッションに移行させることために経済システムの構築プランを発表し、モルガン・スタンレーを率いる、総資産70兆USドル(日本円で約7,700兆円*3)を超える額に相当する160以上の投資機関や銀行がサインアップをしました(*17)。火力発電への圧力が高まる一方です。
国内の石炭火力発電を取り巻く動き
海外に構える石炭火力発電への脱退を示す企業が相次いでいますが、脱炭素社会の実現に向けて、日本国内の発電所にも海外同様の対応が徐々に求められています。
2020年、梶山弘志経済産業相は発電効率が低く、CO2を多く排出する旧式の石炭火力発電設備を止める規制措置を導入する方針を表明しました。方針発表後には、投資家からの電力各社への問い合わせが殺到しました。特に、J-POWERや沖縄電力など、石炭火力発電への依存度の高い大手電力会社は、そのフェードアウト政策の影響を強く受けることになりそうです(*18)。国内における火力発電の気候変動対策も厳しくなっています。
様々な業界で加速化する脱炭素投資
脱炭素化への対策を迫られるのは電力会社ばかりではありません。イギリスの大手メディア「ガーディアン」は紙面・ウェブサイト・アプリ上で化石燃料に関わる広告掲載を禁止することを発表しました(*19)。今回の決定は、エネルギー関連企業を含む全ての企業が対象となっています。
サプライチェーンとバリューチェーンにおいて火力電源を使用する企業も影響を受けています。国際イニシアチブ「RE100」に参加する米アップルは、2030年までに気候への影響をネットゼロにすることを目指し、バリューチェーンの企業にも再生可能エネルギー100%を求めることを発表しました(*20)。つまり、部品を納める関連企業も再生可能エネルギー100%を達成しなければ、バリューチェーンから排除される可能性があります。マイクロソフトも2030年までに、直接的な排出及びサプライチェーンとバリューチェーンに関連する排出を含め、CO2排出量を半分以下に削減するという野心的プログラムを立ち上げています(*21)。
国内では、主要企業の間で「カーボンゼロ」を経営目標に加える動きが広がっており、日経平均採用銘柄225社中少なくとも4割以上の85社が目標を設定しました。2050年のカーボンゼロという政府目標の達成に貢献すべく、原材料や部品の調達先企業や製造委託先等の排出削減を促すソニーグループや、テナントの外食店に生ゴミリサイクルを促す丸井グループなど、サプライチェーン全体でカーボンゼロに取り組む企業も出てきています(*22)。
また近年、3メガバンクの間でも環境問題への懸念から化石燃料関連企業に対する投資を渋る流れが生じています。三菱UFJフィナンシャルグループと三井住友フィナンシャルグループは石炭火力発電所の新設・拡張案件への融資停止を発表し、みずほフィナンシャルグループは石炭火力発電所の新設・拡張への投融資に関する方針を厳格化すると発表しました(*23)。国内外の金融機関で気候変動対策を進めています。
このように、一見電力とは関連性の低い金融業界やIT産業などにおいても、脱炭素への動きが着実に進められ、方針がまだ定められていない企業は遅れを取りかねません。
ESG情報を企業価値向上に繋げるために
本記事で取り上げたように、火力発電を行う事業に止まらず、その電気を利用する企業や投融資を行う企業など、多岐にわたる業界が気候変動に対して具体的なアクションを求めています。
進む脱炭素社会において、ESG経営や投資を通じて、自社の企業価値を高める機会を増やし、あるいは企業価値を毀損するリスクを低減したいと考えておられる企業は多数あるかと思います。ではどのように、そのビジネス機会やリスクを低減することができるでしょうか。
第一に、その機会やリスクを正しく把握することが非常に重要になります。但し、正しい把握のためには長期的利益の観点で、自社だけではなく、他社や他業界を含めた幅広いESG情報を比較分析していく必要があります。
他方、ESG指標は代表的なものだけでも国内海外に数十とあり、それぞれの指標で数十以上の評価項目が設定されています。また、これらの指標基準も毎年進化しています。従って、国内海外のESGトレンド及びそこから波及する自社への機会や事業リスクを体系的に「広く」把握し続けることは多くの企業にとって容易ではありません。
次に、把握したトレンドやESG指標を自社の事業データと関連付けて定量的に考察し、自社の事業戦略に繋げる「深い」分析が必要不可欠です。しかし、ESG指標の『E』という1つの要素だけに目を向けても、様々な指標と計算手法があり、分析が複雑に構造化されています。
こうした「広く」「深い」分析アプローチを進めるために、各社が個々に調べて対応するより、ノウハウを集約した専門家部隊が実行した方が不要な工程を削減し、また同じ工程でもよりスピーディーに、極めて効率的かつ効果的です。
本記事ではESGトレンド事例を抜粋して紹介しましたが、クオンクロップでは、外資系戦略コンサルティングファーム出身者を中心としたESG経営データ分析の専門家チーム、及びAIを含む独自の分析ノウハウを活用し、各企業が「選ばれる」ために必要十分なESG活動量の把握・改善を支援する「ESG/SDGs経営度360°診断&改善支援」などのサービスを提供しております。
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クオンクロップESGグローバルトレンド調査部
引用元
※同種の情報を有する引用元がある場合、日本語で記述されている引用元の掲載を優先しています
*1
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO66064450Q0A111C2I10000/
*2
https://diamond.jp/articles/-/272385
*3
2021/7/10時点の為替レートより110円/USドルで換算
*4
https://www.itochu.co.jp/ja/news/press/2016/160603.html
*5
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58041780U0A410C2EE9000/
*6
2021/7/10時点の為替レートより153円/UKポンドで換算
*7
*8
https://www.epa.gov/climateleadership/scope-1-and-scope-2-inventory-guidance
*9
https://www.env.go.jp/earth/ondanka/supply_chain/gvc/supply_chain.html
*10
*11
https://www.unic.or.jp/activities/economic_social_development/sustainable_development/2030agenda/
*12
https://www.mofa.go.jp/mofaj/ic/ch/page1w_000119.html*13
*13
https://sustainablejapan.jp/2019/12/11/cop25-investor/44525
*14
https://www.meti.go.jp/meti_lib/report/2019FY/000099.pdf
*15
*16
Amundi Responsible Investment Policy 2020
https://www.prudentialplc.com/en/news-and-insights/all-news/news-releases/2021/07-05-2021
https://www.wellington.com/uploads/2021/04/b9ef7ae07c9ce160bb35f72142bd4236/2020-climate-report.pdf
https://sustainablejapan.jp/wp-content/uploads/2016/05/coal_divestment_0422.pdf
*17
https://jp.reuters.com/article/global-climate-finance-glasgow-idINKBN2C80CG
*18
https://toyokeizai.net/articles/-/364752
*19
https://ideasforgood.jp/2020/02/12/guardian-to-ban-advertising-from-fossil-fuel-firms/
*20
*21
https://news.microsoft.com/ja-jp/2020/01/21/200121-microsoft-will-be-carbon-negative-by-2030/
*22
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC28CJE0Y1A420C2000000/
*23