近年、グローバルに事業を展開する企業が取引先や子会社によるESGインシデントにより負の経営インパクトを受けるケースが増加しています。このようなトレンドを起点として、本記事では特に顕著化する食農業界の海外取引先や子会社が自社にもたらすESG経営リスクについて解説します。

食農業界における近年のESGインシデント例

食農業界において近年、提携企業によるESGインシデントが問題視されています。食農業界のトレンドとして、国内市場の飽和化傾向に対処するために海外へ市場を拡大する傾向が強く見られます。また、食農業界の多くの企業は原材料を輸入に頼る傾向にあるため、多くの場合生産拠点を海外に持っています(*1)。グローバルなサプライチェーンを構築する食農業界では、現地の提携企業におけるESGインシデントが顕著化し、把握が困難な状況にあります。

一方で、世界的なグリーンファイナンス及びトランジション・ファイナンスなどESG投資への関心の高まりや、国連による枠組み・法律の導入により、提携企業におけるESGインシデントは大きな経営リスクとなり得ます。2011年に国連人権理事会にて承認された「ビジネスと人権に関する指導原則」によると、企業は自社のみでなく、取引先や子会社上で発生する人権侵害についても対処することが求められています(*2)。「ビジネスと人権に関する国別行動計画(NAP)(*3)」の策定や、英国・豪州で導入されている「現代奴隷法(*4)(*5)」など、取引先や子会社上の人権に関する取り組みの開示を義務化する国内法も導入する動きが見られます(*6)。

このことから、自社だけでなく、サプライチェーン全体にまでESGを考慮することが重要視されていることが分かります。以下では食農業界において取引先や子会社のESGインシデントが発覚した二つの例をご紹介します。

事例1:海外日系企業の現地軍事産業との関わりがもたらす影響

一つ目は国内大手飲料メーカーであるキリンホールディングス(以下、キリン)が国際社会から非難されているミャンマー国軍と深い関係を持つMEHL社と合弁関係にある問題についてです。キリンは2015年にミャンマーへのビール市場拡大を目的にミャンマー・エコノミック・ホールディングス社(以下、MEHL)と合弁提携しました(*7)。 しかし、MEHLはミャンマー国軍の資金調達機関として機能していることが判明しました。国際社会は、ミャンマー国軍によるロヒンギャ難民をはじめとする国内の少数民族を対象とした浄化運動を問題視しています。Justice for Myanmarの内部調査によると、2021年2月に多くの民間人の犠牲者を出した軍事クーデターの実行資金の多くがMEHLから出ていることが分かりました(*8)。

また、キリンはMEHLとの合同事業として、ミャンマー・ブルワリー社(MBL)とマンダレー・ブルワリー社(MDL)を買収しています。この買収企業2社が、国軍によるロヒンギャ浄化運動が激化した2017年末に国軍へ合計3万米ドルの寄付を行っていたことがアムネスティ・インターナショナル(*9)の調査により判明しました(*10)。

2021年のクーデターを機に国軍に対する国際的な経済制裁への意識が強まり、国際連合人権高等弁務官事務所は、MEHLをはじめとする国軍系組織と関係を持つ企業は国際人権法および国際人道法違反に値するとの主張を綴った報告書を発表しました(*11)。

これにより、キリンは国際社会からの圧力を受け2021年2月5日MEHLとの提携を解消すると発表しました。しかし、キリンブランドはミャンマー国内での国軍関連商品の不買運動の標的となりました。キリンはMEHLとの合弁解消や不買運動により214億円の減損を負ったと予想されています(*12)。

ミャンマー国軍との関与により国際社会から非難され、経済制裁を強いられた企業はキリンの他にも存在します。国内では、海外交通インフラ投資法人、フジタ、東京建物などの合同再開発プロジェクトが現地の合弁会社を通じてミャンマーの国防省に毎年2億円(184万ドル)以上の地代が支払われていたことが明らかとなっています(*13)。また、2021年の軍事クーデターにより、国際協力銀行をはじめ、みずほ銀行、三井住友銀行が融資したプロジェクトの資金が国軍の活用費用に流れた可能性が指摘されています(*13)。

海外企業では、韓国の製鉄会社ポスコ、タバコ事業を展開するシンガポールファンドRMH、中国の金鉱鉱山運営を行うWanbao Mining等がMEHLと共同事業を行っていることが明らかになりました。上記の企業はビジネスを締結するべきとする国連の報告書に対応することなくMEHLとの提携を継続しています(*14)。このことから、今後該当企業の投資状況は悪化すると予想されています(*15)。

事例2:パーム農園での労働問題と川下企業への影響

二つ目は国外大手ブランドであるネスレやユニリーバが人権の観点で問題のある農園からパーム油を仕入れている問題についてです。アムネスティ・インターナショナルによると、パーム油生産最大手のウィルマーが経営するパーム農園5社での労働環境が人権違反に該当するとしています。例えば、最少年齢8歳の児童らが重労働を課され、学校に行っていないケースや、禁止されている毒性の強い除草剤を使用することにより労働者は深刻な中毒症状を発症していることが分かりました(*16)。 人権侵害が報告されるウィルマー社のパーム農園からパーム油を輸入している国際的な企業として、AFAMSA、ADM、コルゲート・パーモリーブ、エバランス、ケロッグ、ネスレ、プロクター & ギャンブル、レキットベンキーザ、ユニリーバが挙げられます。以上の企業は調達過程で起きているサプライチェーン上の労働者の搾取問題に対処できていないと人権NPOから告発されています(*17)。

海外取引先や子会社におけるESGの重要性

以上でご紹介したような食農業界の海外取引先や子会社にまつわるインシデントは自社の経営リスクに直結します。従来、企業は短期財務利益と長期ESG的経営を比較し、短期財務利益を優先する傾向にありました。株主の利益を最重要視する従来の経営方針は、企業の本質である長期的な価値提供を過小評価していたのです。一方で、近年投資環境は変化しています。それにより企業は長期ESG 的経営を考慮せざるを得ない状況にあると言えます。

具体的には、投資家は中長期/ESG観点を「選ぶ」基準に入れつつあります。2006年に国連によって採択された Principle for Responsible Investment 責任投資原則(以下、PRI)は、機関投資家の意思決定プロセスに ESG課題を受託者責任の範囲内で反映させるべきとした世界共通のガイドラインです。PRIは投資家に対し、企業の分析評価を行う際に長期的ESG情報を考慮した投資行動をとることを求めています。当ガイドラインに署名する機関投資家は増加傾向にあり、2021年12月時点で署名数は4,666にのぼります(*18)。

PRIにより投資環境の変化が促進されESG投資への関心が集まっています。ESG投資とは「従来の財務情報だけでなく、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)要素も考慮した投資」のことを指します。

世界の代表的な投資機関が投資する企業を選ぶ際に参照しているESG指標は代表的なもので国内、海外に数十とあり、それぞれの指標で数十以上の評価項目が設定されています。近年では自社のサプライチェーンへまで評価範囲が及んでいることから、関連企業のESG状況の把握は重要視されています。

また、世界経済フォーラム(WEF)は、2020年9月、「ステークホルダー資本主義の進捗の測定~持続可能な価値創造のための共通の指標と一貫した報告を目指して~」と題した報告書を公表しました。報告書は、GRI(*19)やSASB(*20)、TCFD(*21)、CDSB(*22)などの既存指標を引用しながら、自社がステークホルダーへ与える影響に焦点を当てています。(*23)。

以下ではインシデント例として取り上げたキリンHCとウィルマー社がどのようなESG指標に該当するのかについて説明します。

指標の例1:軍事産業との関わりや先住民の権利侵害について

サプライチェーン上の武器の関与や労働問題といった人権侵害は、企業が投資家から選ばれるにあたって不利な条件となります。

例えば、キリンがミャンマー国軍と合弁関係にある問題では、企業が行う少数民族弾圧をはじめとする様々な人権問題や武器保持への加担が指摘されています。これに関して代表的なESG指標の一つであるGRIでは、「先住民の権利侵害」というテーマにおいて、以下の開示要求があります(*24)。

・報告期間中に先住民の権利に関わる違反が確認された事例の総数。(先住民とは独自の習慣や伝統、または特別な法律や規制によって、その全部または一部が規制されている者のことを指す)

・事件の状況及び取られた措置

また、MSCI ESG equity(*25)では、「武器の関与」をスクリーニング項目に掲げています。そのため、キリンのミャンマー国軍系企業との連携の例ではこの観点で投資対象から外れる可能性が極めて高いと言えます(*26)。

MSCIや GRIの対象は、企業のサプライチェーン全体であるため、MEHLによるロヒンギャ難民への迫害はキリンにマイナスな投資環境を与える可能性があります。

指標の例2:労働環境や人権について

ウィルマー社によるパーム油農園の環境・労働問題では、労働環境についての項目や人材管理の項目において投資対象から外れる可能性が高くなります。これはウィルマー社のパーム油を原料として使用するユニリーバやネスレなどが、投資家から選ばれないというリスクに直結します。

例えば、MSCI(モルガン・スタンレー・キャピタル・インターナショナル)社(*27)は世界的にベンチマークとされている指数を算出していますが、そのうちのMSCI日本株人材設備投資指数(*28)では「人材管理及び労働者権利に関する不祥事」の有無が初期のフィルタリングに含まれています。

食農業界におけるESG経営の難しさと解の可能性

近年食農業界の取引先や子会社におけるESG経営リスクは顕著化しています。この要因の一つとして、サプライチェーンが複雑であるということが挙げられます。特に食品業界は多くの場合原材料を輸入に頼る傾向があります。そのため、必然的にグローバルなサプライチェーンを展開する傾向にあります。また、食農業界全体では、国内市場の飽和状態に対処するために、海外市場を有望な新規マーケットとして位置づけ、製品輸出や現地工場の設置、海外企業への資本参加などを通して海外売上高比率を高めようとする戦略傾向があります(*29)。 これにより、食農業界のサプライチェーンは複雑化する傾向にあり、特に末端取引先のESGリスクの把握が一層困難となっています。

一方で、こうした動向により今後、関連企業のESG経営リスクは肥大化し、子会社、取引先のESGデータを軽視することは経営全体へ大きく影響を及ぼします。このような事態を阻止するためには、自社のリスクがどこにあるのかを正確に把握することが必要不可欠です。

ESG情報を企業価値向上に繋げるために

本記事で取り上げたように、食農業界の関連企業先でのESGリスクは経営にネガティブインパクトを及ぼします。そのためESG経営や投資を通じて、自社の企業価値を高める機会を増やし、あるいは企業価値を毀損するリスクを低減したいと考えておられる企業は多数あるかと思います。ではどのようにその機会やリスクを低減することができるでしょうか。

まずは、その機会やリスクを正しく把握することが非常に重要になります。但し、正しい把握のためには長期的利益の観点で、自社だけではなく、他社や他業界を含めた多数のESGデータを比較分析していくことが必要になります。

他方、ESG指標は代表的なものだけでも国内海外に数十とあり、それぞれの指標で数十以上の評価項目が設定されています。また、これらの指標基準も毎年進化しています。従って、国内海外のESGトレンド及びそこから波及する自社への事業リスクや機会を体系的に「広く」把握し続けることは多くの企業にとって容易ではありません。

また、把握したトレンドやESG指標を自社の事業データと関連付けて定量的に考察し、自社の事業戦略に繋げる「深い」分析も多くのデータ処理や工数が必要になります。ESG指標の『S』という1つの要素だけに目を向けても、様々な指標と計算手法があり、分析が複雑に構造化されています。

こうした「広く」「深い」分析アプローチを効率的に行うためには、各社がそれぞれで調べて対応するより、ノウハウを集約した専門家部隊が実行した方が不要な工程を削減し、また同じ工程を行う速度も速いため、極めて効率的かつ効果的となります。

本記事では1つのESGトレンド事例を抜粋して紹介しましたが、クオンクロップでは、外資系戦略コンサルティングファーム出身者を中心としたESG経営データ分析の専門家チーム及びAIを含む独自の分析ノウハウを活用し、各企業が「選ばれる」ために必要十分なESG活動量を把握し改善を支援する「ESG/SDGs経営度360°診断&改善支援」などのサービスを提供しております。

そのため、ESG経営分析のチームが社内に既にあり、ESG経営を既に推進している企業様における分析の効率化だけではなく、ESG経営分析のチームは現状ないものの、これからESG経営に舵を切る必要性を感じておられる、比較的企業規模が小さい企業様などに対しても活用いただけるサービスです。ESG経営の効率的な加速のための、科学的かつ効率的な分析アプローチにご関心のある企業様は、是非クオンクロップまでお気軽にお問い合わせください。

クオンクロップESGグローバルトレンド調査部

引用文献

*1

 http://www.fmric.or.jp/management/zaimu19/3_kidachi_2007.pdf

*2

https://www.unic.or.jp/texts_audiovisual/resolutions_reports/hr_council/ga_regular_session/3404/

*3

https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press4_008862.html

(*4)

https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/01/aa1e8728dcd42836/20210026.pdf

(*5)

https://www.legislation.gov.au/Details/C2018A00153

*6

https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/risk/solutions/srr/human-rights.html

*7

https://www.amnesty.org/en/latest/news/2018/06/japan-investigate-brewer-kirin-over-payments-to-myanmar-military-amid-ethnic-cleansing-of-rohingya/

*8

https://www.bbc.com/news/world-asia-56133766

*9

https://www.amnesty.or.jp

*10

https://www.amnesty.org/en/latest/news/2018/06/japan-investigate-brewer-kirin-over-payments-to-myanmar-military-amid-ethnic-cleansing-of-rohingya/

*11

https://www.ohchr.org/EN/HRBodies/HRC/Pages/NewsDetail.aspx?NewsID=24608&LangID=E

*12

https://toyokeizai.net/articles/-/448339

*13

https://english.kyodonews.net/news/2021/05/8543e37e228f-10-japan-firms-may-have-links-with-myanmars-military-junta.html

*14

https://www.amnesty.org/en/latest/news/2020/09/mehl-military-links-to-global-businesses/

*15

https://www.koreatimes.co.kr/www/tech/2021/04/693_307269.html

*16

https://www.amnesty.or.jp/news/2016/1202_6524.html

*17

https://www.mlit.go.jp/common/001362975.pdf

*18

https://www.globalreporting.org

*19

https://www.globalreporting.org

*20

https://www.sasb.org

*21

https://www.fsb-tcfd.org

*22

https://www.cdsb.net

*23

https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/sustainable_sx/pdf/001_05_00.pdf

*24

https://www.globalreporting.org/how-to-use-the-gri-standards/gri-standards-japanese-translations/

*25

https://www.msci.com/our-solutions/indexes

*26

https://www.msci.com/documents/1296102/17835852/MSCI-ESG-Indexes-Factsheet.pdf/3b449b87-d470-977a-3b56-77095b8d8fc7

*27

https://www.msci.com

*28

https://www.msci.com/documents/1296102/3556282/ファクトシート_MSCI日本株人材設備投資指数.pdf/b32e29ee-8d93-4a0f-b8e6-04740496591a

*29

http://www.fmric.or.jp/management/zaimu19/3_kidachi_2007.pdf

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