本記事では、ESG 投資の世界的な興隆に伴い乱立するESG 指標に関して、指標間の評価対象・手法の違いや近未来に導入が一般化されうる項目について解説します。今回は、ESGの『S』(社会)における主要な指標の一つである「報酬(給与など金銭で支給されるものだけでなく、福利厚生も含むもの)」に注目します。

進むESG投資とその指標の複雑性

世界的にグリーンファイナンス及びトランジション・ファイナンスなどESG投資への関心が高まっています。ESG投資とは「従来の財務情報だけでなく、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)要素も考慮した投資」のことを指します。

世界の代表的な投資機関が投資する企業を選ぶ際に参照しているESG指標は代表的なもので国内海外に数十とあり、それぞれの指標で数十以上の評価項目が設定されています。また、個々のESG評価機関によってESGデータの評価対象や評価手法は異なり、さらにこれらの評価基準は毎年アップデートされています。

本記事では、ESGの『S』における主要な指標の一つである「従業員報酬」及び「役員報酬」に関するESG指標について、「報酬」の定義やデータの粒度などの観点から、各指標間での評価対象・手法の違いを通して解説します。尚、今回は給与など金銭で支給されるものだけでなく、福利厚生を含めたものを「報酬」として取り扱います。

主要評価機関におけるESG評価項目の違い

ESG投資の文脈で参照される主要評価機関は複数ありますが、これら機関が提供するESG指標は、同じテーマでも評価の対象・手法の違いから評価項目が異なるケースが多々見られます。本記事では、以下6つの主要評価機関を用いて「従業員報酬」及び「役員報酬」に関連する評価項目の共通点と違いについて説明します。

・RobecoSAMのESG調査部門(*1)が提供する「SAM Corporate Sustainability Assessment(CSA、コーポレートサステナビリティ評価)(以下、SAM指標)」

・Corporate Knights Inc.(*2)が提供する「Corporate Knights Rating(以下、CK指標)」(*3)

・The Global Reporting Initiative(*4)が提供する「GRI Standards Index(以下、GRI指標)」(*5)

・Refinitiv(*6)が提供する「Refinitiv ESG Scores(以下、Refinitiv指標)」(*7)

・MSCI(*8)が提供する「MSCI ESG Ratings(以下、MSCI指標)」(*9)

・Arabesque(*10)が提供する「S-Ray(以下、S-Ray指標)」(*11)

最高経営責任者(C E O)と従業員の報酬割合

最初の主要な評価対象は、最高経営責任者(以下、CEO)と従業員給与の比率に関する項目です。

CEOと従業員の給与比率は社内の賃金格差を評価する指標として近年多く取り扱われています。2010年7月21日に米バラク・オバマ大統領によって署名された米国の連邦法であるドッドフランク法は、CEOと従業員の報酬の割合について報酬開示を行い株主に開示する義務があると明記しています。このように、CEOの報酬を従業員の報酬と比較して正当性を図るという動きが見られます(*12)。

CEOと従業員給与の比率を評価項目に掲げる評価指標にはSAM指標、GRI指標、S-ray指標、CK指標があげられますが、各指標において従業員の報酬を図る際の評価方法に相違があります。

具体的には、従業員給与を収入の平均で測るのか、収入の中央値で測るのかという違いがあります。SAM指標では基本的に中央値を使用し、中央値による算出が不可能な場合に平均による算出を認めています。GRI指標では中央値を使用、CK指標では平均値を使用しています。

役員報酬の決定

2つ目の主要な評価対象は、役員報酬の決定に関する項目です。

世界的に役員報酬決定における情報開示が強化される傾向にあり、国内でもそのトレンドが大きく反映されています。2019年1月31日、「企業内容等の開示に関する内閣府令の一部を改正する内閣府令」(以下、改正開示府令)が公布・施行され、改正によって2019 年3月31日以後終了する事業年度からは、有価証券報告書等における役員報酬に関する開示が拡充されました。この背景にはコーポレートガバナンス上の要請や、欧米と比較して開示内容が不十分であること等が考えられます(*13)。

このように、制度改正によってより多くの開示が求められる役員報酬ですが、評価指標においては主に「報酬委員会の独立性」と「持続可能性のターゲットや目標との整合性」が評価対象となります。

まず、報酬委員会の独立性を評価項目に掲げる評価機関にはSAM指標、GRI指標があげられます。報酬委員会とは、上場企業が監査役会設置会社または監査等委員会設置会社であり、かつ社外取締役が取締役会の過半数に達していない場合、報酬に関わる取締役会の機能の独立性・客観性と説明責任を強化するために設置する委員会です(*14)。

双方の指標共に委員会の構成メンバーや目的を評価しますが、各指標で特徴的な評価項目も存在します。具体的には、SAM指標は役員報酬プロセスの相対性を評価に含むのに対し、GRI指標ではステークホルダー評価を評価項目に含みます。

SAM指標では、財務指標を使用した役員の相対評価がなされているかを評価します。具体的には、株主総利益率や成長率といった普遍的な指標を用い、評価対象者と同僚が比較可能な形で評価されているのかを見ています。

一方GRI指標では、役員の報酬決定においてステークホルダー(株主を含む)の意見をどのように求め、考慮しているかを評価します。また、報酬方針および提案に関してステークホルダーによる投票を行っている場合は、その開示が評価されます。

また、役員の報酬決定を評価する際に、持続可能性の目標やターゲット達成との整合性を重視する動きが見られます。

経済産業省(以下、経産省)によると、日本での役員報酬は依然として固定報酬が中心です。一方で、コーポレートガナバンスの重要視に伴い、中長期的な企業価値を向上させる仕組みが必要とされています。そこで、経営陣に中長期の企業価値創造を引き出すためのインセンティブを付与するためには、従来の金銭による固定報酬でなく、インセンティブ報酬等の柔軟な活用が推奨されています(*15)。

役員の報酬と持続可能性の目標やターゲットの達成との整合性を評価項目に掲げる指標は、SAM指標、CK指標があげられますが、それら評価対象の粒度に違いがあります。

SAM指標では、「役員の報酬を持続可能性の目標やターゲットの達成とリンクさせるメカニズムが、SAM指標が指定する株式形式に合致していること」を評価します。評価手法は。合致している場合は100点満点、していない場合は0点となります。

一方でCK指標の場合、「役員の報酬を持続可能性の目標やターゲットの達成とリンクさせるメカニズムを設定していること」が評価対象となり、そのメカニズムの内容については問われていません。評価手法は、なにかしらのメカニズムを設定している場合は100点満点、していない場合は0点となります。

福利厚生

3つ目の主要な評価対象は、福利厚生に関する項目です。

昨今の情勢による従業員の不安は増加しており、企業は充実した福利厚生の整備が求められています。世界的なCOVID-19の流行や国内の傾向としての人手不足の深刻化といった社会の不確実性が高まる中、企業規模を問わず今後の政策として福利厚生の充実が重要視されており、従業員が安心して働くことのできる労働環境の整備が求められています(*16)。

福利厚生を評価項目に含む指標は、CK指標、Refinitiv指標が挙げられます。これらの指標間では、福利厚生を評価する範囲と手法が異なっています。

まず、福利厚生の示す範囲について、CK指標は有給休暇取得と休暇期間における給与支払いについて評価しています。具体的には、「年間10日以上の有給休暇が認められ(勤続1年以上フルタイムで働いている場合)、その期間給与の50%以上を受け取ることができること」を評価しています。

一方Refinitiv指標では、以下の質問にて福利厚生を評価します。

・従業員へのデイケアサービスを行っているか

・会社は、柔軟な労働時間やワークライフバランスを促進する労働時間を提供しているのか

・会社は、職場またはそれ以外の場所でのHIV/AIDSに関する方針またはプログラムについて報告しているか

つまり、Refinitiv指標ではデイケアサービスや労働時間の管理、HIV/AIDS方針が評価する福利厚生の範囲となります。

また2つの指標間では、評価方法についても差異があります。Refinitiv指標では、企業が本拠地を持つ国の健康指標をベンチマークとして各項目への重視度を比重付けし、その程度を数値化します。一方で、CK指標においては企業の本拠地の健康指標等に関係なく、質問事項に該当している場合は評価が100点満点、該当していない場合は0点で評価されます。

人事評価

4つ目の主要な評価対象は、人事評価に関する項目です。

企業価値が重視される昨今、経営課題と人材課題は表裏一体として密接に関連します。そして、長期的戦略を実行し目標を実現させる上では各事業の環境や課題にマッチした人材の評価方法が重要視されています。このような背景のもと、従来の限定された基準のもと評価を行う人材マネジメントから前進した、人材のより多様、かつ独立した評価基準が必要とされています(*17)。

人事評価を評価項目に含む指標は、SAM指標とGRI指標が挙げられます。これらは、評価が適応される人材の範囲において差異があります。 具体的には、SAM指標では役員を含む全従業員のうち何%が適切な人事評価を受けているかを評価基準としています。一方で、GRI指標では役員のみが対象となっています。

近未来に普及する可能性のある先進的なESG評価項目

従業員報酬や役員報酬の見られ方に関連するESG指標の中には、特定の評価機関のみが導入している先進的な指標も存在します。これらは近未来での導入可能性を考慮する必要があります。

従業員への長期インセンティブ支給

1つ目の先進的な評価対象は、従業員に対する長期インセンティブ支給に関する項目です。

上記では複数の指標に含まれる評価項目として、役員に注目した「役員の報酬と持続可能性の目標やターゲットの達成との整合性」を紹介しました。一方で、上級管理職以下の従業員に対して長期的なインセンティブを支給する重要性も増しています。このような長期インセンティブ支給は、長期的・戦略的な目標を中心に組織全体の意思決定をするにあたって重要となります。

現在当項目を評価項目として設けているSAM指標では、具体的に以下を質問項目にしています。

・パーフォーマンスインセンティブの支給期間: 入社後2年、3年、それ以上

・プログラムが組織全体の従業員に適用される範囲: 従業員の何%か

・持続可能性の原則に関連している範囲: 会社が設定した持続可能性に関する目標に関連した実績は給与に反映しうるか

男女間の平均給与の差額

2つ目の先進的な評価対象は、男女間の平均給与の差額についての項目です。

世界的に男女間の平均給与格差についての情報公開を推進する国が増えている傾向があります。例えば、EU圏内で比較的男女の賃金格差が大きいとされるドイツでは、2020年に「2030年までに男女間賃金格差を22%から10%に引き下げる」という国家目標を掲げました(*18)。このように、男女間の給与の差額にする注目が高まっています。

現在当項目を評価基準として設けているSAM指標では具体的に以下を質問項目にしています。

・職種別評価: 幹部クラス・管理職クラスにおける男女平均給与(基本給与+インセンティブ)

・給与形態別評価:給与・インセンティブの平均値・中央値における男女差

その他議論・検討段階のESG評価項目

以下では、従業員報酬や役員報酬の文脈において議論が進んでいるテーマについて紹介します。現在はESG評価機関によって導入されていないものの、将来的に従業員報酬の評価項目の一部に含まれる可能性があります。

従業員のエンゲージメント

現在議論されている1つ目の評価基準は、従業員のエンゲージメントについての項目です。

人材の多様化が進む中で多様な価値観を持った従業員の意見を報酬に反映させることが重要視されています。そこで、従来行っていた報酬における不満要因の解消や社内秩序の維持を目的とした従業員満足度調査から発展し、より人材のモチベーションや生産性向上の観点に注力したエンゲージメントサーベイの重要性が増しています。例えば、会社の理念に沿った報酬体系が実現しているのか、また、業務を通じての成長が評価されているかなどの評価項目が考えられます(*19)。

精神的健康に対する福利厚生

2つ目の評価基準は、精神的健康に対する福利厚生についての項目です。

精神的健康は昨今の労働環境の変化によって重要視される傾向にあり、カウンセリング制度等の福利厚生が評価対象となる可能性があります。

COVID-19によるリモートワーク等の労働環境変化は、パンデミックが収束した後も継続的に普及すると予想されています。そのため新しい環境に合わせた福利厚生が重要視されており、中でも従業員の精神の健康に対する補助について議論されています。実際に、リモートワークによる精神的健康に対するリスクは、従業員の生産性低下に寄与していることもわかっています(*20)。

また英国で行われた調査によると、職場でメンタルヘルスの問題を抱えている、または抱えたことがある人が経済に与える付加価値は、年間で、英国総GDPの12.1%に相当することがわかりました(*21)。具体的な福利厚生の実施方法は議論段階ですが、今後この項目が評価対象となる可能性があります。

ESG情報を自社の企業価値向上に効率的に繋げるために

本記事で取り上げたように、既存のESG指標間でのばらつきや先進的なESG指標を把握することは重要です。またESG経営や投資を通じて、自社の企業価値を高める機会を増やし、あるいは企業価値を毀損するリスクを低減したいと考えておられる企業は多数あるかと思います。ではどうやってその機会やリスクを低減することができるでしょうか。

まずは、その機会やリスクを正しく把握することが非常に重要になります。但し、正しい把握のためには長期的利益の観点で、自社だけではなく、他社や他業界を含めた多数のESGデータを比較分析していくことが必要になります。

他方、ESG指標は代表的なものだけでも国内海外に数十とあり、それぞれの指標で数十以上の評価項目が設定されています。また、これらの指標基準も毎年アップデートされています。従って、国内海外のESGトレンド及びそこから波及する自社への事業リスクや機会を体系的に「広く」把握し続けることは多くの企業にとって容易ではありません。

また、把握したトレンドやESG指標を自社の事業データと関連付けて定量的に考察し、自社の事業戦略に繋げる「深い」分析も多くのデータ処理や工数が必要になります。ESG指標の「S」という個別要素に目を向けても、様々な指標と計算手法があり、分析が複雑に構造化されています。

こうした「広く」「深い」分析アプローチを効率的に行うためには、各社がそれぞれで調べて対応するより、ノウハウを集約した専門家部隊が実行した方が不要な工程を削減し、また同じ工程を行う速度も速いため、極めて効率的かつ効果的となります。

本記事では1 つのESGトレンド事例を抜粋して紹介しましたが、クオンクロップでは、外資系戦略コンサルティングファーム出身者を中心とした ESG経営データ分析の専門家チーム及びAIを含む独自の分析ノウハウを活用し、各企業が「選ばれる」ために必要十分なESG 活動量を把握し改善を支援する「ESG/SDGs経営度360°診断&改善支援」などのサービスを提供しております。

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クオンクロップESGグローバルトレンド調査部

*1

https://portal.csa.spglobal.com/survey/documents/SAM_CSA_Companion.pdf

*2

https://www.corporateknights.com/

*3

https://www.corporateknights.com/wp-content/uploads/2020/10/2021-Global-100-Methodology.pdf

*4

https://www.globalreporting.org/

*5

https://www.globalreporting.org/how-to-use-the-gri-standards/resource-center/?g=c769ec3e-a780-45eb-ac6e-157dffaec854&id=7990

*6

https://www.refinitiv.com/en/financial-data/company-data/esg-data

*7

https://www.refinitiv.com/content/dam/marketing/en_us/documents/methodology/refinitiv-esg-scores-methodology.pdf

*8

https://www.msci.com/who-we-are/about-us

*9

https://www.msci.com/documents/1296102/21901542/MSCI+ESG+Ratings+Methodology+-+Exec+Summary+Nov+2020.pdf

*10

https://www.arabesque.com/s-ray/

*11

http://arabesque.com/docs/sray/S-Ray%20Methodology%20v260.pdf

*12

https://portal.csa.spglobal.com/survey/documents/SAM_CSA_Companion.pdf

*13

https://www.dir.co.jp/report/research/law-research/securities/20201111_021886.pdf

*14

https://www2.deloitte.com/jp/ja/pages/human-capital/articles/hcm/executive-compensation-governance-01.html

*15

https://www.meti.go.jp/press/2020/09/20200930001/20200930001-1.pdf

*16

https://www.meti.go.jp/report/whitepaper/mono/2018/honbun/mobile/honbun_mb/101024_mb.html

*17

https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/jinzai_management/pdf/20190329_02.pdf

*18

https://www.jil.go.jp/foreign/jihou/2017/07/germany_01.html

*19

https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/jinzai_management/pdf/002_02_00.pdf

*20

https://hbr.org/2021/04/the-pandemic-is-changing-employee-benefits

*21

https://www.mentalhealth.org.uk/publications/how-support-mental-health-work

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