本記事では、ESG投資の世界的な興隆に伴い乱立するESG指標に関して、指標間の評価対象・手法の違いや近未来に導入が一般化されうる項目について解説します。今回は、ESGの『G』(ガバナンス)における主要な指標の一つである「取締役会のあり方」に注目しています。

進むESG投資とその指標の複雑性

世界的にグリーン・ファイナンス及びトランジション・ファイナンスなどESG投資への関心が高まっています。ESG投資とは「従来の財務情報だけでなく、環境(Environment)・社会(Social)・ガバナンス(Governance)要素も考慮した投資」のことを指します。

世界の代表的な投資機関が投資する企業を選ぶ際に参照しているESG指標は代表的なもので国内海外に数十とあり、それぞれの指標で数十以上の評価項目が設定されています。また、個々のESG 評価機関によってESG データの評価対象や評価手法は異なり、さらにこれらの評価基準は毎年アップデートされています。

本記事では、ESGの『G』における主要な指標の一つである「取締役のあり方」に関するESG指標を、取締役会の「独立性」「多様性」「機能性」の3つの観点から解説します。

主要評価機関におけるESG評価項目の違い

ESG投資の文脈で参照される主要評価機関は、MSCI・Sustainalytics・SAM等が挙げられます。これら機関が提供するESG指標は、同じテーマでも評価の対象・手法の違いから評価項目が異なるケースが多々見られます。以下では、主要評価機関における「取締役のあり方」に関連する評価項目の違いについて説明します。

取締役会の独立性

〈社外取締役〉

取締役会の独立性における最初の主要な評価対象は、社外取締役に関する項目です。社外取締役は社内の業務執行取締役とは区別され、会社の経営陣として外部視点から企業経営のチェック機能を果たす役割を担うため、取締役会の独立性と強い関連性を持ちます(*1)。

評価手法に関して、社外取締役の人数・割合を評価する指標、一定水準以上の割合を評価基準にする指標等があります。

2020年にS&Pグローバルに買収されたRobecoSAMのESG調査部門(*2)が提供する「SAM Corporate Sustainability Assessment(CSA、コーポレートサステナビリティ評価)(以下、SAM指標)」では、「Board Structure」の質問表の一部に社外取締役の人数を取り入れています(*3)。

一方、主要評価機関MSCIが提供するガバナンス関連のESG指標「MSCI Governance-quality Indexes(以下、 MSCI指標)」においては、「Independent Board Majority」という項目において以下の2点を評価しています(*4)。

➀社外取締役はMSCI独自の独立性基準を満たしている

②社外取締役は取締役全体の過半数である

〈監査委員会〉

独立性に関する2つ目の主要な評価対象は、監査委員会に関する項目です。監査委員会は取締役会において取締役・執行役の監査を担う組織であり、取締役会の独立性と関連します(*5)。

評価手法に関して、監査委員会を構成するメンバー等を通じて監査委員会の独立性を評価するのが一般的です。

MSCI指標では、「Audit Committee Independence」という評価項目において、監査委員会のメンバーがMSCI独自の独立性基準を満たしていることを評価しています。

また主要評価機関Arabesqueが提供するESG指標「S-Ray(以下、S-Ray指標)」では、「Audit Committee Independence」で監査委員会の独立性が評価項目に取り込まれています(*6)。

〈取締役会議長〉

独立性に関する3つ目の主要な評価対象は、取締役会議長です。取締役会を招集して議論をリードする取締役会議長は、取締役会において重要な役割を担っています(*7)。

評価手法に関して、執行と監督の分離の観点から取締役会議長の独立性を評価するのが一般的です。

SAM指標では、「Non-Executive Chairperson/Lead Director」で取締役会議長とCEO(Chief Executive Officer、最高経営責任者)が別であることを評価しています。また兼任している場合、

①兼任の理由

②「Lead Independent Director(筆頭独立取締役)」の任命

③その責任についての公式声明

を必要とします。

他にも、MSCI指標では「Independent Chair」、S-Ray指標では「CEO Chairman/Board Separation」という評価項目において、独立した取締役会議長を任命していることを評価しています。

取締役会の多様性

〈女性取締役〉

多様性に関する最初の主要な評価対象は、女性取締役です。

2021年6月、金融庁は上場企業の経営に関するルールをまとめたコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)の改訂版を施行し、「多様性確保」をその柱に据えました(*8)。東京証券取引所によると、2020年9月現在、JPX400の構成銘柄のうち女性取締役を選任している企業は72%に及びます(*9)。

評価手法に関して、女性取締役の存在有無・人数・割合等ジェンダーを通じて取締役の多様性を評価するのが一般的です。

SAM指標では、「Board Gender Diversity」という評価項目において、以下の2点を評価しています。

➀女性の取締役・監査役の人数

➁ ①が公開されている

一方、MSCI指標では、「Gender Diversity」という評価項目において、少なくとも1人の女性取締役がいることを評価しています。

同様に、経済産業省によって女性活躍推進に優れた上場企業が選定される「なでしこ銘柄」では、女性取締役が1人以上いることをスクリーニング要件としています。またガバナンスの評価フレームにおいて「取締役会の監督機能の向上」の調査項目に女性取締役の人数が盛り込まれているほか、「多様な人材の取締役・監査役登用」の調査項目には女性取締役がいない理由・女性取締役を増やす取り組み等の定性項目が盛り込まれています(*10)。

〈ダイバーシティ方針〉

多様性に関する2つ目の主要な評価対象は、ダイバーシティ方針です。一般的に「Purpose」「Policy Statement」「Diversity Objectives」「Monitoring and Reporting」等の要素から構成され、取締役会の多様性に関する企業の意向を明らかにするものです(*11,12)。

評価手法に関して、取締役のダイバーシティ方針の有無を評価するのが一般的です。

SAM指標では、「Board Diversity Policy」という評価項目において、以下3種類のダイバーシティに関する声明があること評価しています。

①gender(ジェンダー)

➁race or ethnicity(人種や民族性)

➂nationality, country of origin or cultural background(国籍、出生国や文化的背

またS-Ray指標も「Board Diversity Policy」を評価項目に盛り込んでいます。

取締役会の機能性

〈取締役会への出席〉

機能性に関する主要な評価対象は、取締役会への出席です。アメリカの議決権行使助言会社ISS(Institutional Shareholder Services)は、取締役会への出席率が75%に満たない取締役に関して特段の理由がない限り再任議案への反対を推奨しています(*13)。

評価手法に関して、全取締役の最低出席率または平均出席率を通じて取締役会への出席を評価するのが一般的です。

SAM指標では、「Board Effectiveness」における「Board Meeting Attendance」という項目で、平均出席率と最低必要出席率の2つの定量基準から取締役会への出席率を評価しています。

一方、MSCI指標では、「Bottom Attendance Failure」という項目で、全取締役の取締役会出席率が少なくとも75%を超えていることを評価しています。

近未来に普及する可能性のある先進的なESG評価項目

取締役会に関連するESG指標の中には、現時点では特定の評価機関のみが導入している指標も存在します。これらは先進的な指標であり、近未来での導入可能性を考慮する必要があります。

取締役会の独立性

〈独立性に関する声明〉

独立性に関連する1つ目の先進的な評価対象は、独立性に関する声明です。これは、独立性の基準である「Independence Criteria」と独立性に関する状況等を明確にする「Independence Statement」等から構成されるのが一般的です(*14,15)。

SAM指標では、「Board Structure」の項目において、以下3点を通じて独立性に関する声明を評価しています。

➀社外取締役が明確に定義されている

➁目標とする社外取締役の割合が記されている

③上記①②が公開されている

〈報酬委員会の独立性〉

独立性に関連する2つ目の先進的な評価対象は、報酬委員会の独立性です。報酬委員会は、監査委員会は取締役会において役員が受ける報酬を決定することを目的とした組織であり、取締役会の独立性と関連します(*16)。

MSCI指標では、「Comp Committee Independence」という項目で、報酬委員会を構成するメンバーがMSCI独自の独立性基準を満たしていることを評価しています。

取締役会の多様性

〈取締役の年齢〉

多様性に関する先進的な評価対象は、取締役の年齢です。

世界11,700社以上のESGデータをカバーしているBloombergが提供するESGスコア「取締役構成スコア」では、多様性の分野において性別に加えて年齢が考慮されています(*17)。具体的には、「Diversity」項目において、取締役の平均年齢「Average Age」と年齢幅「Age Range」が評価されています。

取締役会の機能性

〈取締役の在任期間〉

機能性に関連する1つ目の先進的な評価対象は、取締役の在任期間です。S&Pは、取締役の在任期間は取締役の保持・継続性のみならず、スキル・観点等の更新性に関連するとしています。

SAM指標では、「Board Average Tenure」で取締役の平均在任期間を評価しています。またS&Pによると7~12年が最適な在任期間であり、この逸脱は企業価値低下と関連性があるとされています。

〈取締役の全体人数〉

機能性に関する2つ目の先進的な評価対象は、取締役の全体人数です。取締役の全体人数は、社外取締役を含めた取締役会の大きさを表します。

SAM指標では、「Board Structure」の質問表において、「Total Board Size」で取締役の全体人数を評価しています。またS&Pによると、実証研究によって、取締役の全体人数が多すぎることは企業のパフォーマンスにとって逆効果だと証明されています。

〈取締役の業界経験〉

機能性に関する3つ目の先進的な評価対象は、取締役の業界経験です。S&Pは、戦略策定・監視・業績評価といった役割を担う上で、企業が属する業界における経験は重要だとしています。

SAM指標では、「Board Industry Experience」という項目において取締役の業界経験を評価しています。具体的には、S&PとMSCIによって共同開発されたGICS(Global Industry Classification Standard、世界産業分類基準)の産業分類に基づき(*18)、企業が属する産業における経験を有する社外取締役の人数によって評価しています。また業界経験は「practical work experience」とされており、従業員または管理職としての経験が対象であり、業界内の他企業での取締役経験は対象としない、と定義されています。

その他議論・検討段階のESG評価項目

以下では、コーポレートガバナンスの文脈において議論が進んでいるテーマについて紹介します。現在はESG評価機関によって導入されていないものの、将来的に取締役会のあり方の評価項目の一部に含まれる可能性があります。

取締役会の独立性

〈社外取締役のジョブディスクリプション〉

独立性に関して議論されているテーマは、社外取締役のジョブディスクリプション(職務記述書)です。ジョブディスクリプションとは職務の内容を詳しく記述した文書のことであり、日本企業には浸透していませんが、欧米の企業では日々の業務から採用・評価に際して重要なものとなっています(*19)。

経済産業省が2020年に行った「日本企業のコーポレートガバナンスに関する実態調査」の報告書によると、既に多くの米国企業が社外取締役の役割や目的を明確にすべく、社外取締役のジョブディスクリプションを作成しているといいます(*20)。

取締役会の多様性

〈取締役のスキルマトリックス〉

多様性に関して議論されているテーマは、取締役のスキルマトリックスです。スキルマトリックスとは、取締役に必要なスキルを分野ごとに表にまとめ、どの取締役がどの分野で知見や専門性を備えているかを示した表のことです(*21)。

コーポレートガバナンスコード原則4-11とその補充原則②では、以下のように定められています(*22)。

・原則4-11

取締役会は、その役割・責務を実効的に果たすための知識・経験・能力を全体としてバランス良く備え、ジェンダーや国際性、職歴、年齢を含む多様性と適正規模を両立させる形で構成されるべきである

・補充原則4-11②

取締役会の全体としての知識・経験・能力のバランス、多様性及び規模に関する考え方を定め、各取締役の知識・経験・能力等を一覧化したいわゆるスキル・マトリックスをはじめ、経営環境や事業特性等に応じた適切な形での取締役の有するスキル等の組み合わせを取締役の選任に関する方針・手続と併せて開示すべきである

しかし、CGS(コーポレート・ガバナンス・システム)研究会の社外取締役に関する調査結果概要によると、取締役の選任に際してスキルマトリックスを作成している企業は14%、作成・公表している企業は4%にとどまっており、85%は作成していません(*23)。

取締役会の機能性

〈取締役会の議題〉

機能性に関して議論されているテーマは、取締役会の議題です。

上記「日本企業のコーポレートガバナンスに関する実態調査」の報告書によると、日本企業の取締役会では重要議題に対して十分な議論時間が割かれていません。具体的には、取締役会全体の所要時間のうち、個別の業務執行の報告に関する議題には37%を、個別の業務執行の決定(M&A等)に関する議題には32%の時間を割いているものの、長期経営戦略や中期経営戦略・経営計画、経営陣の指名・報酬に関する議題にはあまり時間が割かれておらず、長期の経営戦略を議題として取り上げないと回答する企業は33%にも上ります(*20)。

また経済産業省によると、社外取締役に対して行った、取締役会を活性化させる施策に関するアンケートにおいて、「議案選定を見直し、経営戦略に関する議論の時間を増やす」との回答が約49%と半数に及んでいます(*19)。

故に取締役会の実効的な機能性に関して、取締役会の議題の観点から業務執行案件と経営戦略に関する議論時間の割合等が評価される可能性があります。

ESG情報を自社の企業価値向上に効率的に繋げるために

本記事で取り上げたように、既存のESG指標間でのばらつきや先進的なESG指標を把握することは重要です。またESG経営や投資を通じて、自社の企業価値を高める機会を増やし、あるいは企業価値を毀損するリスクを低減したいと考えておられる企業は多数あるかと思います。ではどうやってその機会やリスクを低減することができるでしょうか。

まずは、その機会やリスクを正しく把握することが非常に重要になります。但し、正しい把握のためには長期的利益の観点で、自社だけではなく、他社や他業界を含めた多数のESGデータを比較分析していくことが必要になります。

他方、ESG指標は代表的なものだけでも国内海外に数十とあり、それぞれの指標で数十以上の評価項目が設定されています。また、これらの指標基準も毎年アップデートされています。従って、国内海外のESGトレンド及びそこから波及する自社への事業リスクや機会を体系的に「広く」把握し続けることは多くの企業にとって容易ではありません。

また、把握したトレンドやESG指標を自社の事業データと関連付けて定量的に考察し、自社の事業戦略に繋げる「深い」分析も多くのデータ処理や工数が必要になります。ESG指標の『G』という個別要素に目を向けても、様々な指標と計算手法があり、分析が複雑に構造化されています。

こうした「広く」「深い」分析アプローチを効率的に行うためには、各社がそれぞれで調べて対応するより、ノウハウを集約した専門家部隊が実行した方が不要な工程を削減し、また同じ工程を行う速度も速いため、極めて効率的かつ効果的となります。

本記事では1つのESGトレンド事例を抜粋して紹介しましたが、クオンクロップでは、外資系戦略コンサルティングファーム出身者を中心としたESG経営データ分析の専門家チーム及びAIを含む独自の分析ノウハウを活用し、各企業が「選ばれる」ために必要十分なESG活動量を把握し改善を支援する「ESG/SDGs経営度360°診断&改善支援」などのサービスを提供しております。

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クオンクロップESGグローバルトレンド調査部

*1

https://www.hrpro.co.jp/glossary_detail.php?id=93

*2

https://www.jpx.co.jp/corporate/sustainability/esgknowledgehub/esg-rating/04.html

*3

https://portal.csa.spglobal.com/survey/documents/SAM_CSA_Companion.pdf

*4

https://www.msci.com/eqb/methodology/meth_docs/MSCI_Governance-Quality_Jun15.pdf

*5

https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUC147BJ0U1A610C2000000

*6

http://arabesque.com/docs/sray/S-Ray%20Methodology%20v260.pdf

*7

https://www2.deloitte.com/content/dam/Deloitte/jp/Documents/risk/srr/jp-srr-enterprise-risk-55-konicaminolta.pdf

*8

https://business.nikkei.com/atcl/gen/19/00338/081000005/

*9

https://woman.nikkei.com/atcl/column/21/071900026/081100005/

*10

https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinzai/diversity/keizaisangyoushou.pdf

*11

https://www.diageo.com/PR1346/aws/media/10862/board-diversity-policy.pdf

*12

https://www.biocon.com/docs/PolicyDocument_BoardDiversity.pdf

*13

https://premium.toyokeizai.net/articles/-/23959

*14

https://www.aroundtown.de/fileadmin/user_upload/04_investor_relations/CORPORATE_GOVERNANCE/210706_Board_Independence_Statement.pdf

*15

https://www.upm.com/investors/governance/board-of-directors/board-independence/

*16

https://www.ifinance.ne.jp/glossary/management/man087.html

*17

https://assets.bbhub.io/professional/sites/12/856222_BPS_ESG-Scores_SFCT_JP_DIG.pdf

*18

https://www.nomura.co.jp/terms/english/other/A02655.html

*19

https://www.hrpro.co.jp/glossary_detail.php?id=111

*20

https://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/keizaihousei/R2_itakuhoukokusyo.pdf

*21

https://www.meti.go.jp/press/2020/07/20200731004/20200731004-1.pdf

*22

https://www.jpx.co.jp/news/1020/nlsgeu000005ln9r-att/nlsgeu000005lne9.pdf

*23

https://www.meti.go.jp/shingikai/economy/cgs_kenkyukai/pdf/2_017_04_00.pdf

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