Environment

リジェネラティブ農業とイタリアの先進事例

近年、国際的に注目を集めるリジェネラティブ(再生型)農業は、作物を育てながら生態系の回復や温室効果ガス(GHG)の削減などを目指す手法です。イタリアはリジェネラティブ農業に積極的に取り組む国の一つです。本記事では、弊社調査部がイタリアで視察した先進事例を含めて紹介します。

リジェネラティブ農業の重要性   

リジェネラティブ農業とは   

リジェネラティブ農業(再生型農業)とは、土壌の健康や生態系の回復を目指す農業手法です(*1)。「サステナブル(持続可能)」が環境への影響を最小限に抑えて現状維持を目的とするのに対し、リジェネラティブ農業は自然を再生することを重視しています。農業で土壌の有機物を増加させ、生物多様性を高め、温室効果ガスを削減しようとしています。

リジェネラティブ農業の必要性の高まり   

温室効果ガス削減や生態系保護のため、農業手法を変えていくことは喫緊の課題となっています。国連食糧農業機関(FAO)は、農業、林業などの土地利用が、世界全体の温室効果ガス排出量の約22%を占めていることから、農業食料システムの変革が不可欠であることを強調しています(*2)。また、生物多様性の保護を目的とした国際機関「IPBES」は、現在100万種以上の動植物が絶滅の危機があり、その一番の原因が農地など土地利用や海の利用方法だとしています(*3)。このような状況の中、積極的にリジェネラティブ農業への転換を図っている取り組みもあります。

OP2Bの動き   

農業で生物多様性に取り組むビジネス連合「OP2B(One Planet Business for Biodiversity)」は、2019年の国連気候行動サミットを機に発足しました(*4)。OP2Bに参加しているのは、乳製品メーカー「ダノン」、食品・飲料メーカー「ネスレ」、化粧品会社「ロレアル」、家庭用品メーカー「ユニリーバ」など、グローバル企業26社です。各社に関連する農業や食料システムを再生型の自然に優しい形へ変え、生物多様性の保護に貢献しています。  

OP2Bではリジェネラティブ農業を推進するため、4つの目的を定めています(*5)。    
4つの目的:  

 1. 農場とその周辺での生物多様性の保護と向上   
2. 植物、家畜、農業の力を活用して、土壌中の炭素と水の保持能力を改善し、高めること   
3. 農薬と肥料の使用量を減らしながら、作物と自然の回復力を高めること   
4. 農業コミュニティの生活を支援すること   

これらの目的を達成するための8つの指標では、「生物多様性の測定」、「土壌の評価」、「土壌や植物による二酸化炭素の吸収能力の測定」、「地域社会や経済に与える影響の評価」などを定めています。   OP2Bは今年9月、発足から5年間の活動報告書(*6)で、390万ヘクタールの農地に影響を与えたと発表しました。そして、2030年までに1,250万ヘクタールでリジェネラティブ農業を実施することを目標にしています。これは北海道の面積の1.5倍に相当します。

リジェネラティブ・オーガニック認証   

リジェネラティブ農業の農家や、その原料を使用する企業を支援し、消費者もその商品を選択できるように、非営利団体「リジェネラティブ・オーガニック・アライアンス(ROA)」は2017年、国際認証のリジェネラティブ・オーガニック認証をつくりました(*7)。世界最高水準の農業認証を目指し、アウトドア会社「パタゴニア」などの企業や団体が立ち上げました。

この認証を得るには、米国農務省が定めたオーガニック認証を受けていることが前提です。加えて「再生型に必要な土壌の健康」、「動物の状況」、「農家の労働条件」の3つを柱とし、リジェネラティブ・オーガニック認証に該当するかどうかを判断します(*7)。認証はレベルに応じて3段階(ゴールド、シルバー、ブロンズ)に分かれています。  

OP2BとROAは、それぞれのアプローチで再生型農業に変えていこうとしています。こうした取り組みが生態系の保護や、農家の生活の支援、そして商品価値を高めることにつながります。

イタリアでの先進的な取り組み   

有機農業からリジェネラティブ農業へ 

ROAがオーガニック認証を前提としたように、すでに環境に配慮した有機農業を実践している農家は、生態系の回復まで考慮した再生型農業につながりやすくなっています。 

欧州連合(EU)の中でも有機農業が盛んなイタリアは、リジェネラティブ農業の導入が進んでいる国の一つです。イタリアの農地に占める有機農業の土地の割合は、2024年時点で約20%。EUの中でもトップクラスです(*8)。EUは、食料システムの持続可能性に向けた「Farm to Fork戦略」で、2030年までに農地の25%を有機農業に転換する目標を掲げており、イタリアもこれに沿っています(*9)。  イタリアでは、地域ごとに気候や土壌、文化に基づいた伝統的な農業が行われていたことも、リジェネラティブ農業の目指す土壌の健康や生態系の再生の理念につながっています。 例えば、オリーブオイルやワインの生産が世界的に有名なトスカーナ地方では、有機農業の認証面積が35.8%に達し、すでにEUの目標の25%を上回っています(*10)。さらに、この土地でオリーブオイルやワインを育てる農家「ファットリア ラ ヴィアッラ」は、有機農業だけでなく、バイオダイナミック農法を採用しています。バイオダイナミック農法とは、農場全体を一つの生態系と捉え、土壌や動植物、人の相互作用まで考えて栽培する方法です(*11)。この農家は、国連環境計画(UNEP)の「国連生態系回復の10年」のパートナーに選ばれ、その農業方法が生態系回復のモデルとなっています(*12)。

アグリツーリズモ 

リジェネラティブ農業を進めるには、消費者の理解を深め、農家や地域の収益につながることが重要です。その点で、イタリアではアグリツーリズモがすでに盛んであることが、リジェネラティブ農業への移行を後押しする理由の一つとなっています。  

アグリツーリズモは、農業と観光を融合して、農家が観光客に農業体験や自然との共生、田舎での暮らしを提供するものです(*13)。国内外から人気が高く、国による農場の認定制度もあります(*14)。 

イタリアのアグリツーリズモは広大な土地での農業よりも、丘陵地や山地を中心に展開されているため、小規模農家が商品の価値を直接消費者に伝える機会となります。これによって伝統的な農業や環境を保護するだけでなく、地域の経済活性にも貢献しています。 アグリツーリズモは、リジェネラティブ農業の農家に限定しているわけではありませんが、再生型の農業の価値を広く知ってもらう方法となります。   弊社調査部は今年4月、イタリア南部のポリカでアグリツーリズモに参加しました。 ポリカでは農家だけでなく、地元の大学も協力してリジェネラティブ農業に取り組んでいました。

イタリア・ポリカでの視察   

ポリカの特徴 

ポリカは、2010年に国連教育科学文化機関(ユネスコ)に「無形文化遺産」に認定された地中海食を象徴する7つの地域の一つです(*15)。地中海に囲まれた丘陵地帯で、オリーブオイル、野菜、シーフード、乳製品など、地元の食材で伝統的な食文化や農業が続いています。そして、ポリカは「チレントおよびヴァッロ・ディ・ディアーノ国立公園」の一部です。ユネスコはこの公園を「生物圏保護区」と指定しています(*16)。固有種や希少な動植物が生息し、生物多様性豊かなため、環境保護の観点からも重要な場所です。また、この公園はユネスコ世界文化遺産にも認定されていて、古代から地中海の文化や交易の中心地となり、異なる文化や宗教が交差した影響が現在も残っています(*17)。  ポリカは豊かな自然と人々の伝統的な生活や文化が共存する街といえます。

街全体での取り組み  

この特性を受け、持続可能な食品システムを目指す非営利団体「Future Food Institute(FFI)」は、ポリカが食と農の未来を考える上で重要なモデル地域になると考えています。FFIはポリカの地域コミュニティと連携し、解決策を探っています(*18)。弊社調査部は、FFIを通じてポリカを訪れました。 

ポリカでは伝統的な農法を守りつつ、FFIを介して、地元の大学による研究と技術を取り入れています。無農薬で育てるイチジク農家や、自家生産の有機飼料で育った牛でモッツアレラチーズをつくる農家は、これによって加工技術を改良し、商品価値を高めています。そして、アグリツーリズモによって生産者の思いを聞くことができたり、ポリカで作られた乳製品や野菜を使った料理を食べることができたりしました。 消費者に商品価値を伝えることができ、街の活性にもつながっています。  しかし、現地の人は「生態系にも良い影響を与えているはず」というものの、「ほかに広める際、どれほど環境に良いことか科学的に証明されていないのは課題だ」と話していました。 

環境価値のデータ可視化の重要性 

上記のようにリジェネラティブ農業は国際的に注目され、イタリアではアグリツーリズモを通じて街全体で取り組んでいる例もあります。  

一方で、リジェネラティブ農業を実践していくには課題があります。  

世界にはさまざまな生態系があり、異なった環境や気候の中で、それぞれ固有の動植物や微生物、人が存在しています。これらが複雑に絡み合い、時間とともに変化するため、全体像を正確に把握することが難しくなっています。また、生態系の状態を調べるためには、生物多様性、水質、土壌の健康、炭素吸収能力など、多くの指標でデータ収集する必要があります(*19)。  このため、リジェネラティブ農業は地域の特性に合った方法が必要で、一律の規格はありません。実践した結果の評価も難しくなっています(*20)。農家にとっては、どの程度生態系に貢献できているかわかりづらく、商品化を考える企業や消費者にとっても見えにくくなっています。

効率的・効果的な定量化  

リジェネラティブ農業の効果は、生物多様性や土壌の状態、温室効果ガス削減の効果など多角的な指標で評価する必要があります。 

商品やサービスの環境影響を評価する上で、温室効果ガスを「ライフサイクルアセスメント(LCA)」で分析することは、国際的に統一された手法になっています。しかし、複雑な生物多様性はLCAだけでは評価しきれません。弊社はLCAのほか、生物多様性に与える影響を評価する「Encore」や、特定の地区の生物多様性のデータを提供する「IBAT」など(*21)、国際的に認知されている分析モデルの活用もサポートしています。   自社の商品の更なる魅力発信や、欧米の動向にご関心をお持ちいただいた方は、お気軽にお問い合わせください。

参考文献 

1. Why Regenerative Agriculture? – Regeneration International

2. Latest IPCC report highlights the critical need to transform agrifood systems as a way to mitigate and adapt to climate change (fao.org)

3. Media Release: Nature’s Dangerous Decline ‘Unprecedented’; Species Extinction Rates ‘Accelerating’ | IPBES secretariat

4. Home – OP2B

5. OP2B-Regenerative-Agriculture-Leaflet_FINAL.pdf

6. OP2B Five-Year Report | WBCSD

7. Regenerative Organic Certified: Farm like the world depends on it (regenorganic.org)

8. Italy Among EU Leaders: Over One Fifth of Italian Agricultural Land is Organic – BeingOrganic

9. 「Farm to Fork(農場から食卓まで)戦略」にみるEUの有機農業拡大に向けた課題と今後の展開の方向性:農林水産政策研究所 (maff.go.jp)

10. Tuscany “queen of organic”: the five organic districts with a new unitary logo | Sinab

11. Biodynamic approach and principles (demeter.net)

12. The guarantee | Fattoria La Vialla

13. Agriturismo in Italy | Europeana

14. Cos’è l’Agriturismo – Un modo originale di vivere la campagna – Agriturismo Italia

15. Pollica, Cilento (Italy) – UNESCO Med Diet (mediterraneandietunesco.org)

16. Biodiversità – Parco Nazionale del Cilento, Vallo di Diano e Alburni

17. Cilento and Vallo di Diano National Park with the Archeological Sites of Paestum and Velia, and the Certosa di Padula – UNESCO World Heritage Centre

18. Pollica Living Lab – Future Food Institute

19. 44.pdf (env.go.jp)

20. Global Application of Regenerative Agriculture: A Review of Definitions and Assessment Approaches (mdpi.com)

21. 202303_MoE_生物多様性参画ガイドライン.pdf

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