垂直農法のサステナビリティにおける可能性と課題
目次
はじめに:垂直農法が注目される背景
国連は、世界の人口が80億人に到達したと発表し、2050年までに98億人まで増加する上で飢餓人口は一段と増えると懸念されています(*1)。
「世界の食糧安全保障と栄養の現状2022(SOFI)報告書」によると、2021年の飢餓人口は8億2,800万人に膨らみ、前年比で約1億5,000万人増加しました (*2)。
また、異常気象、過耕作、土壌の浸食といった要因により、農地として利用可能な土地は次第に減少しています。現代農業は環境への負荷が高く、温室効果ガスの主な排出源とされており、熱帯雨林の消失や砂漠化、湖沼の消滅などの環境破壊の一因ともされています。
こうした食糧需要増加や農業による環境負荷低減の観点から、持続可能な農業に関心が集まっています。中でも注目されている垂直農法は、垂直方向に何層にも積み重ねて農作物を栽培する農法です。従来の畑や温室栽培に比べて少ない農地、水、農薬でより多くの食料を安定的に生産できると期待されています。最新の調査によると、世界の垂直農法市場は、2020年に55億米ドル規模に達し、2026年には198億6,000万米ドル規模に達すると予測されています(*3)。
垂直農法とは
垂直農法(ヴァーティカル・ファーミング)は、作物を畑で育てるのではなく、AIやIT技術を駆使し、垂直に輸送用コンテナ等で積み上げて栽培する農法です。テクノロジーを使い、栽培に適切な温度・湿度・光・灌漑などを調整できるため、農業生産性を従来の20倍に増加することができます(*4)。
コスト面や育てやすさの観点から、一般的にはレタスやキャベツなどの葉物野菜を育てられることが多く、これらは垂直農法作物全体の57%を占めます。また、ハーブやイチゴなどの栽培にも垂直農法が使われています(*5)。
垂直農法の種類
構造別
垂直農法は、高層ビル・倉庫・グリーンハウスで栽培されることが一般的です。「植物工場」と総称で呼ぶこともありますが、栽培構造から2種類に分けられています。
①人工光利用型 :屋内の閉鎖的な環境で温度や湿度を管理して植物を栽培します。LEDライトを使用した最近の研究では、光の色や強さで味や栄養素を変えることができるとの結果も発表されています(*6)。
②自然光利用型:完全に閉鎖的な環境ではなく、高層ビルの屋上など自然光を取り入れて植物を栽培します。人工光利用型よりも低い初期コストで導入が可能です。
栽培メカニズム別
垂直農法は栽培過程別に、水耕栽培・アクアポニックス・気耕栽培の3種類に大きく分類されます。
①水耕栽培(Hydroponics)
水耕栽培は、土を使わずに水と液体肥料に根を浸し、LEDライトで光合成を行わせる栽培方法です。(図1参照)
図1
<出典>
②アクアポニックス(Aquaponics)
水耕栽培(ハイドロ「ポニックス」)と水産養殖(「アクア」カルチュア)を掛け合わせた、アクアポニックス(Aquaponics)という新たな循環型有機農業法も開発されています。(図2参照)
図2
<出典>
③気耕栽培(Aeroponics):
気耕栽培は、根の構造を空気中に浮遊させ、液体肥料を直接根に噴射することによって栄養を与える栽培方法です(*7)。(図3参照)
ピンポイントで灌漑、肥料の管理ができるため、気耕栽培で作られた農作物はミネラルやビタミンも豊富です。栽培に必要な水を90%も削減でき、肥料も60%削減、収穫率が45%から75%にも向上することから垂直農法の中では最も効率的な栽培方法とされています(*8)。
世界の気耕栽培市場は2019年に約7億2,685万米ドルと評価され、2020年から2027年の予測期間にわたって25.6%を超える健全な成長率で成長すると予想されています(*9)。
図3
<出典>
垂直農法の利点と課題
ここでは垂直農法の利点と課題について5つの観点からご紹介します。
1つ目は食料安全保障の観点です。
<利点>
垂直農法の最大の利点は、季節や天候に左右されずに安定した食料供給ができることです。地球温暖化・気候変動による収量の不安定さを打開でき、安定的な生産と雇用が見込めると期待されています。日本では、2011年の東日本大震災による農業への打撃から被災地での屋内垂直農法の導入が積極的に行われました(*10)。
また、新型コロナウイルスのパンデミックやロシアのウクライナ侵攻などの地政学的なサプライチェーンのリスクへのアプローチとしても注目されています。イギリスの垂直農法企業であるJones Food Company(JFC)では、世界最大規模の垂直農法を建設中であり、2032年までにソフトフルーツ(イチゴやラズベリーの類い)、ハーブや葉物野菜などの輸入をなくすことを目指しています(*11)。
<課題>
次に垂直農法の抱える食料安全保障に関わる課題についてご説明します。
1点目は、商業化できる農作物の種類の制限です。
生産コストと販売価格の観点から、現在の垂直農法市場は葉物野菜や果物などの栽培に注力しています。そのため、すべての種類の農作物を垂直農法で育てることは困難です。
2点目は、莫大なエネルギー消費量です。
特に、人工光型は屋内の閉鎖的な環境のため、光や温度の調節・管理に必要なセンサー、管理側のデジタルコミュニケーションなど、全工程で電力を消費するため、膨大なエネルギー消費量がかかります。屋外であれば自然に行われる光合成や受粉も人工的に行うため、グリーンハウス栽培よりも1kgの作物に対して30-176kWhのエネルギー量がかかります。これは、食洗機を132回回すほどの電力がかかっていることを意味します(*12)。
したがって、垂直農法で使用する電力を再生可能エネルギーや余剰エネルギーを使用して自給自足できるシステム構築が今後取り組むべき課題になっています。
3点目は、価格の不安定性です。世界中のエネルギー価格の上昇・インフレに伴い、垂直農法の電気料金上昇は、原価上昇による販売価格転嫁が起こる可能性が高くなります(*13)。
2つ目は、カーボンフットプリント(温室効果ガス排出量)の観点です。
<利点>
カーボンフットプリントとは、一つの製品が生産・流通・破棄されるまでのライフサイクル全体を通して排出される二酸化炭素排出量を指します。一般的に生産地から消費地までの距離が長くなるほど、食料運搬の燃料が必要になります(*14)。
垂直農法は、大都市での生産・販売が実現でき、新鮮な野菜を少ない燃料で消費者に届けることができる点でカーボンフットプリントを減らすことを可能にしています。
3つ目は、化学農薬の観点です。
<利点>
従来型農法では、鮮度を保つためや害虫除去に使用されていた化学農薬が土壌や水源を汚染する悪循環があります。一方、垂直農法では、従来までの生産地から消費地の距離が短縮され、害虫も室内栽培の場合はほぼいません。つまり、従来必要であった農薬を使わずに栽培が可能なため、環境だけでなく消費者・生産者にもメリットがあります。まず、消費者にとっては、無農薬による栄養価の高さと美味しさ、安全性の高さが挙げられます。
また、生産者にとって無農薬で農作物を栽培できることは、農薬の有害成分が原因での病気発症リスクを低下につながります。すなわち、生産者自身の健康を守ることにもつながります。結果、環境にも消費者側にも生産者側にも負担の少ない作物の栽培を可能にします(*15)。
4つ目は、水使用量の観点です。
<利点>
垂直農法では、従来型の農法よりも約90%もの水の使用量を削減できます(*16)。農業用水は世界の水使用量の約70%を占めるため、貴重な水資源を守る上で重要な因子です(*17)。したがって、冒頭にも述べた、急速な人口増加と水質汚染による影響による、世界の水不足問題を打開する方法になると注目されています。
例えば、1kgのレタスを生産するにあたり、従来型農法では250Lの水を使うのに対し、垂直農法では1Lの水で実現できます(*18)。
<出典> PlantLab
5つ目は環境認証の観点です。
(ア)環境認証:オーガニック認証
<課題>
垂直農法は、環境にやさしい農法である一方で国や地域によっては、環境認証をされない可能性もあります。環境認証の一つである、オーガニック認証は、生産者の環境保全への取り組みを、消費者に訴求する方法として世界各国で導入されています。しかし、商品名に「オーガニック」と記載できるかどうかは、国ごとに法律で規定されています。
特に、水耕栽培の場合は無土壌栽培(土不使用)のため、「オーガニック」の要件を満たすか否かの対応は各国で全く異なります。例えば、アメリカでは2018年から水耕栽培に「オーガニック」表記の使用を認めています(*19)。一方で、EUではオーガニック認証は認められていません(*20)。日本でも限られた条件下で栽培されたスプライト類以外は有機JASの対象外とされています(*21)。したがって、垂直農法が環境に貢献していると消費者に伝わりづらい現状があります。
商業用垂直農法の拡大:事例紹介
垂直農法の規模は、技術の開発・発展によって、実験規模から商業化まで拡大し、現在、世界中で植物工場の展開が行われています。本記事では、主に海外の事例をご紹介します。
①AERO FARMS
ニュージャージー発の植物工場スタートアップとして、ゴールドマン・サックスをはじめ、1億ドル(約111億円)以上の資金調達に成功している企業です(*22)。2015年から垂直農法の作物の販売を開始し、米国の大手高級スーパー「Whole Foods Market」(以下ホールフーズ)、「amazon fresh」、「Walmart」にも卸しています。
②Infarm
2013年に創業したベルリン発の植物工場スタートアップであり、ヨーロッパを中心にこれまで世界11カ国の50を超える都市で事業展開してきました(*23)。他の垂直農法企業と異なる点として、サブスクリプション型の農法を持っていることが挙げられます。このサブスクリプション型の農法では、顧客と共に栽培計画を策定し、専属スタッフが遠隔で管理するシステムが取られています。2021年1月より日本での展開も開始されており、紀伊國屋の指定店舗にて栽培されたハーブ等を販売しています(*24)。
③Oishii Farm
日本人CEOが経営するニューヨーク初の植物工場スタートアップであり、スパークスを運営者とする未来創⽣2号ファンド(トヨタ⾃動⾞及び三井住友銀⾏出資)から⽇本円にして総額約55億円のシリーズAの資金調達を完了しました。日本の伝統技術である施設園芸を活かし、いちごの垂直型植物工場を展開しています(*25)。同社の主力作物は、「Omakase Berry」です。これまで、いちごは受粉が必要であり、栽培サイクルも長いため、高度な技術の必要な農作物とされてきました。しかし、同社は植物工場でのハチによる自然受粉に世界で初めて成功し、自社開発の自動気象管理システムによって、安定量産化を実現しました(*26)。 「Omakase Berry」は、2018年にミシュランの星付きレストランでの販売開始から評判が広がり、一流レストランやグルメ層から圧倒的な支持を得てきました。2022年5月19日にはニュージャージー州ジャージーシティに世界最大(約74,000平方フィート)かつ、最新鋭のいちご専用の工場の稼働を開始しました。量産工場の稼働により、より安価に「Omakase Berry」を消費者向けに販売できるようになりました(*27)。
終わりに:環境負荷低減に取り組む事業者がより評価されるために
ここまでご紹介してきたように、垂直農法は、伝統的な農法で作られた作物よりも水や農薬を削減でき、気候変動や地政学的リスクに対しても安定的に食料供給できる生産方法として選択肢の一つであると注目されています。
一方で、垂直農法もそのやり方によっては、必ずしも環境貢献につながらない場合もあります。既存のシステムでは莫大エネルギー消費量と設備関連費がかかり、生産できる作物の種類も限られています。そこで、科学的な根拠に基づいて環境への貢献が評価されるために、食品の持続可能性を可視化したのが、弊社サービス「Myエコものさし」です。
「Myエコものさし」では商品の環境負荷を生産過程から輸送・消費過程に至るライフサイクル全体を評価するライフサイクルアセスメント(LCA)に基づいて評価してスコアリングを行い、企業の環境貢献への取り組みを「見える化」して消費者にわかりやすい情報にして届ける一助を担っています。
自社製品に対してLCAによる評価を得ることで、食品市場における環境面で位置づけを把握し、競合製品との比較についても市場に発信することができます。
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クオンクロップESG グローバルトレンド調査部
<参考文献>
(*1)https://hbr.org/2016/04/global-demand-for-food-is-rising-can-we-meet-it
(*2)https://ja.wfp.org/stories/sofi-report-record-hunger-rise-un-study-says
(*3) https://www.jacom.or.jp/saibai/news/2022/03/220307-57317.php
(*4)https://businesswales.gov.wales/farmingconnect/news-and-events/technical-articles/vertical-farming-new-future-food-production#:~:text=One%20acre%20of%20vertical%20farming,20%20acres%20of%20conventional%20production
(*5)https://www.cengn.ca/information-centre/innovation/vertical-farming-the-future-of-agriculture/
(*6)https://www.mdpi.com/2673-9976/16/1/24/pdf
(*7)https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000001004.000067400.html
(*8)https://www.infosys.com/industries/agriculture/insights/documents/vertical-farming-information-communication.pdf
(*9)https://smartagri.jp/p/173/
(*10)https://xtech.nikkei.com/dm/article/HONSHI/20120724/230094/
(*11)https://www.euronews.com/green/2022/06/09/world-s-largest-vertical-farm-is-being-built-in-the-uk-and-it-s-the-size-of-96-tennis-cour
(*12)https://www.researchgate.net/profile/Esteban_Baeza/publication/321379221_Plant_factories_versus_greenhouses_Comparison_of_resource_use_efficiency/links/5a1fc6f2a6fdccc6b7fb6b48/Plant-factories-versus-greenhouses-Comparison-of-resource-use-efficiency.pdf
(*13)https://www.lettusgrow.com/blog/vertical-farming-energy-crisis
(*14)https://forbesjapan.com/articles/detail/25695
(*15)https://doi.org/10.1016/bs.af2s.2020.08.002
(*16)https://www.theweathernetwork.com/en/news/climate/solutions/vertical-indoor-farming-technology-benefits-water-saving
(*17)https://www.oecd.org/agriculture/topics/water-and-agriculture/
(*18)https://www.eitfood.eu/blog/is-vertical-farming-really-sustainable
(*19)https://fruitgrowersnews.com/article/usda-clarifies-organic-label-use-hydroponics-aquaponics-aeroponics/
(*20)https://www.europarl.europa.eu/doceo/document/E-9-2022-002588_EN.html
(*21)http://www.famic.go.jp/hiroba/anzen_anshin_qa/enterprise_consultation_case/yuukinosan-index.html#AnswerNosan03
(*22)https://www.aerofarms.com/
(*23)https://forbesjapan.com/articles/detail/25695/2/1/1
(*24)https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000009.000070560.html
(*25)https://oishii.com/
(*26)https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000001.000075385.html
(*27)https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000002.000075385.html