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ウイグル地区での
人権問題からみる
ESGとビジネスの関係

アパレル業界を中心に労働における人権問題が顕在化しています。米によるユニクロに対する輸入停止措置等、人権問題がもたらす負のビジネスインパクトは無視できないものになっています。本記事では人権問題とビジネスのつながりについて解説します。

アパレル業界を震撼させた人権問題

アパレル企業の下請け企業における労働環境がますます問題視されています。多くのアパレルブランドは、人件費の安さから発展途上国で製造をしており、下請けを担う企業における労働環境がますます問題視されています。安価な原材料費・人件費のもと衣類を大量生産する中で、児童労働や強制労働といった人権侵害の問題が発覚するなど、複雑化するサプライチェーンにおける経営リスクとなっています。

1997年、大手スポーツブランドのNIKEが委託する東南アジアの工場にて、低賃金労働・劣悪な環境での長時間労働・児童労働・強制労働などが発覚しました。「デザイン・開発は自社で担当し、製造は低コストのアジアなど発展途上国の工場に委託する」というNIKEのビジネスモデルは、発展途上国の労働者からの「搾取」によって成り立っていたという認識が広がりました(*1)。

それから20年以上経った現在も、アパレル企業における人権問題は依然として解決していません。中国のウイグル地区においてアパレル企業が従業員を強制労働させている、と欧米のNGOなどが指摘しました。問題となったのは、ウイグル地区で生産される綿花の工場での労働環境です。ウイグル地区で生産されている「新疆綿」は綿製品の原料である綿花の一品種であり、そのコストパフォーマンスの高さから多くのアパレル企業で使用されていました。オーストラリアのシンクタンクの調査報告によると「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングや「無印良品」を展開する良品計画が新疆綿を使用しているとされています(*2)。

人権問題に関連するESG指標

ESGはEnvironment(環境)・Social(社会)・Governance(ガバナンス)の頭文字に拠るものですが、本記事ではウイグル地区での人権問題の観点からESGの『S』について考察します。

代表的な世界の投資機関が投資先を選定するにあたって参考とするESG指標は数十とありますが、そのうち多くの指標が人権問題を含む労働に関するものを採用・重視しています。

例えば、MSCI(モルガン・スタンレー・キャピタル・インターナショナル)社は世界的にベンチマークとされている指数を算出していますが、そのうちのMSCI日本株人材設備投資指数では「人材管理及び労働者権利に関する不祥事」の有無が初期のフィルタリングに含まれています。

つまり、該当する不祥事により一定基準を下回るスコア評価を得た企業は指数そのものから除外されてしまうのです。また人権に対する取り組みを評価する「企業人権ベンチマーク(CHRB:Corporate Human Rights Benchmark)」も注目されています。CHRBは大手機関投資家とNGOが設立したビジネスと人権に関する国際的なイニシアティブです。2020年11月に公開された2020年度版ベンチマークでは、GHG排出削減目標の策定等を通じて環境面で評価されてきた自動車業界のスコアが過去最低を叩き出し、人権に関する取り組みの必要性が浮き彫りとなりました。

人権問題とSDGsとの関わり

ここまでESGについて触れましたが、その近年注目されているSDGsとの関係性について考察したいと思います。SDGsは社会全体や各業界が目指すゴールであることに対してESGは企業単位の評価指標であるため、各企業における活動の定性的な評価はSDGsを用いた議論によっても行うことができますが、目標や実績を定量的に議論するためにはESG指標での分析や考察がより重要になります。

具体的には、SDGsは国連によって採択された、2030年までに貧困撲滅や格差の是正、気候変動対策など国際社会に共通する17の大きな目標と、17の目標を達成するための具体的な169のターゲットで構成されています。今回のアパレル産業における人権問題は、SDGs 8.「働きがいも成長も」の項目あたります(*3)。また広義には、SDGs 10.「人や国の不平等をなくそう」やSDGs 12.「持続可能な生産消費形態を確保する」とも関連します。

より詳細に視ると、ターゲット8-7.「むりやり働かせること、奴隷(どれい)のように働かせること、人を売り買いすることを終わらせるために、効果的な取り組みを緊急におこない、子どもを兵士にすることをふくめた最悪の形の児童労働を確実に禁止し、なくす。また、2025年までに、あらゆる形の児童労働をなくす。」にあるように、SDGsは強制労働・児童労働並びに人身取引の根絶・移住労働者を含むすべての労働者の権利の擁護等を目指しています。

SDGsがより持続可能な社会を目指すマクロな目標であるのに対し、ESG指標はSDGs達成に向けたよりミクロに各企業レベルの取り組みを測ります。従ってここからは、ESGの観点を用いて、各企業にどのような事業インパクトが生まれているのかについて深掘りしたいと思います。

人権問題からくる負のビジネスインパクト

1997年の事態に際しては、米国のNGOなどによるNIKEの社会的責任についての批判を皮切りに世界的に不買運動が起こりました。結果、NIKEの売上高は2002年に約99億ドルと1997年比で約8%の伸びに留まり、人権問題による損失は5年間で約122億ドルと考えられています(*4)。

またウイグル産綿花に関しては、国家レベルでの貿易制限措置に繋がっています。米国政府は、中国の新疆ウイグル自治区の組織「新疆生産建設兵団」が生産した綿製品について、強制労働による生産活動の疑いがあるとして米国への輸入を停止していました。そして2021年1月、米税関当局は輸入停止措置に違反した疑いがあるとして、ユニクロのシャツの輸入を差し止めました(*5)。この輸入差し止めによる売上の機会損失は、ファーストリテイリングの売上の約4%にあたる約800億円と推定されます(*6)。

この推定の前提としては、ユニクロ社は国別売り上げを公表していないため正確な損失を算出することはできませんが、2020年8月期の海外ユニクロ事業の売上は約8,000億円であり(*7)、主要国における米国のファッション市場規模が約20%(*8)だと仮定すると、米ユニクロ事業の売上は約1,600億円となり、加えて、4月の差し止め解除拒否を考慮して輸入停止措置が半年間続く(*9)と想定すると、約800億円の損失が発生するという試算になります。

ウイグル人権問題に関係する様々な業界

ウイグル地区における人権問題は、日本企業の他の業界にも影響があります。日本ウイグル協会と国際人権団体ヒューマンライツ・ナウは強制労働への関与が疑われる日本企業14社の調査を行い、アパレル産業以外にもメーカーの日立製作所・ソニー・TDK・東芝・京セラ・三菱電機なども指摘されました。

この14社のうち大半の企業は体制を見直す方向に向かっています。東芝は、ブランド使用を認めている企業において疑いのある調達先との取引があったこと自社での調査により判明し、該当する調達先の部品の採用をストップしていると発表しています。またヒューマンライツ・ナウは、強制労働の事実が明確に否定できない限り、即時に取引関係を断ち切るべきだということも勧告しています(*10)。シャープは今後取引先で強制労働の事実が発覚した場合、直ちに是正を求め、改善されない場合は取引停止を検討するとしています(*11)。

人権問題への取り組みが十分ではなかった企業は、売上減や株価下落などを招く結果となっています。国際社会では企業のESGへの取り組みが重要視されており、今後もその傾向は続くと予想されます。

国内の事業環境における人権問題

日本国内でも、人権問題への配慮が不十分な企業が消費者や行政から指摘・指導されるケースも増えてきています。2017年には、アパレル企業のセシルマクビー社が外国人技能実習生の人権侵害問題に向き合わなかったとして「炎上」状態となり、企業が謝罪と改善を表明する結果となりました(*12)。

また2019年には、三菱自動車とパナソニックが外国人技能実習生の人権軽視で技能実習計画の認定取り消し処分を受けました(*13)。日本にも労働者の人権侵害による経営リスクが潜在的に存在しており、ウイグル問題・NIKE社の不祥事は対岸の火事とは言えない状況です。このような経営リスクに備えて防止策を取っておくことは必要だといえます。

ESG情報を企業価値向上に繋げるために

本記事で取り上げたように、一つの人権侵害問題の発覚による負のビジネスインパクトは大きいものであり、ESG経営や投資を通じて、自社の企業価値を高める機会を増やし、あるいは企業価値を毀損するリスクを低減したいと考えておられる企業は多数あるかと思います。ではどうやってその機会やリスクを低減することができるでしょうか。

まずは、その機会やリスクを正しく把握することが非常に重要になります。但し、正しい把握のためには長期的利益の観点で、自社だけではなく、他社や他業界を含めた多数のESGデータを比較分析していくことが必要になります。

他方、ESG指標は代表的なものだけでも国内海外に数十とあり、それぞれの指標で数十以上の評価項目が設定されています。また、これらの指標基準も毎年進化しています。従って、国内海外のESGトレンド及びそこから波及する自社への事業リスクや機会を体系的に「広く」把握し続けることは多くの企業にとって容易ではありません。

また、把握したトレンドやESG指標を自社の事業データと関連付けて定量的に考察し、自社の事業戦略に繋げる「深い」分析も多くのデータ処理や工数が必要になります。ESG指標の『S』という1つの要素だけに目を向けても、様々な指標と計算手法があり、分析が複雑に構造化されています。

こうした「広く」「深い」分析アプローチを効率的に行うためには、各社がそれぞれで調べて対応するより、ノウハウを集約した専門家部隊が実行した方が不要な工程を削減し、また同じ工程を行う速度も速いため、極めて効率的かつ効果的となります。

本記事では1つのESGトレンド事例を抜粋して紹介しましたが、クオンクロップでは、外資系戦略コンサルティングファーム出身者を中心としたESG経営データ分析の専門家チーム及びAIを含む独自の分析ノウハウを活用し、各企業が「選ばれる」ために必要十分なESG活動量を把握し改善を支援する「ESG/SDGs経営度360°診断&改善支援」などのサービスを提供しております。

そのため、ESG経営分析のチームが社内に既にあり、ESG経営を既に推進している企業様における分析の効率化だけではなく、ESG経営分析のチームは現状ないものの、これからESG経営に舵を切る必要性を感じておられる、比較的企業規模が小さい企業様などに対しても活用いただけるサービスです。ESG経営の効率的な加速のための、科学的かつ効率的な分析アプローチにご関心のある企業様は、是非クオンクロップまでお気軽にお問い合わせください。

クオンクロップESGグローバルトレンド調査部

引用元 

※同種の情報を有する引用元が複数ある場合、日本語で記述されている引用元を一例として掲載しています

*1

https://toyokeizai.net/articles/-/35708?page=3

*2

https://www.businessinsider.jp/post-233909

*3

https://www.hurights.or.jp/japan/aside/sdgs/SDGs_HR_TABLE_A4.pdf

*4

https://business.nikkei.com/atcl/report/16/101700172/060500020/

*5

https://www3.nhk.or.jp/news/html/20210519/k10013040661000.html

*6

https://www.fastretailing.com/jp/ir/financial/summary.html

*7

https://www.fastretailing.com/jp/about/business/segment.html

*8

https://www.meti.go.jp/policy/mono_info_service/mono/creative/fashion/file/fashion_gyoukyou_gaiyou.pdf

*9

https://business.nikkei.com/atcl/seminar/19/00133/00061/

*10

https://www.sustainablebrands.jp/article/story/detail/1201898_1534.html

*11

https://www.sankeibiz.jp/business/news/210322/bsc2103222012007-n1.htm

*12

https://news.yahoo.co.jp/byline/konnoharuki/20201126-00209505/

*13

https://www.nikkei.com/article/DGXMZO40456490V20C19A1EA2000/

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