Environment

脱炭素社会に向けた
ESG投資における
厳格化の動き

気候変動抑制に対する社会の関心が高まる中、ESG投資に先進的な欧州では2021年にサステナブルファイナンス開示規則が採択され、ESG投資の金融商品の区分が明確化されました。温室効果ガス(GHG)排出量をはじめとした、厳しい目標が定められており、企業のESG活動における定量的・科学的分析及び報告の重要性は高まっています。

Net Zeroに関する議論の高まり

昨今NET Zero(ネットゼロ)という言葉を聞く機会は非常に増えました。NET Zeroとは大気中に排出される温室効果ガスと大気中から除去される温室効果ガスが同量でバランスが取れている状況のことを指し(*1)、パリ協定において設定された世界共通目標である「地球の気温上昇を産業革命以前と比べて1.5℃以内に抑える」ことを達成するために、炭素排出量を2050年までにNET Zeroにすることが目標として設定されています。

NET Zeroに対する目標確認は、気候変動対策について議論を行う国際会議であるCOP(気候変動枠組条約締約国会議)において話し合いが重ねられています。2021年に行われたCOP26においてはアメリカやEU諸国が2050年のNET Zeroを目指す中、中国は2060年までにカーボンニュートラルを目指すとし、インドは2070年までにNET Zeroまで排出量を削減すると表明しました(*2)。 

インドはCOP26以前は削減目標の期限設定を頑なに拒んできた背景があるため、2070年という期限設定は他国に比べて遅いものの大きな第一歩だと言えます。一方で、モディ首相は先進国から途上国に対して少なくとも1兆ドルの融資が必要だとの条件をつけており、インドは基本的立場である「今日までの地球温暖化の主たる責任は先進国にあり、排出ガスの削減を含む温暖化対策の負担はまずもって先進国が負わなければならない」という考えを主張しています(*3)。

こうした国家間の負担に関する議論は昨今主な議題として挙がっており、2009年にコペンハーゲンで開催されたCOP15では先進国から途上国への資金支援を2020年までに毎年1,000億ドルまで増やすという目標が掲げられましたが、COP26ではこの目標が2020年までに達成されなかったことが議題としてあげられ、2025年に向けてこの目標を達成するためにさらなる努力を続けることが決定されました(*4)。

直近で行われたCOP27では「シャルム・エル・シェイク実施計画」が策定され、その中で気候資金に関する内容が話し合われました。気候変動の悪影響に伴う損失及び損害のことを指す「ロス&ダメージ」に関する資金面の措置に関する議題は、途上国側の強い要求を受けて新規議題にあがりましたが、先進国と途上国の間の意見の隔たりが大きく、閣僚級の議論に持ち込まれた結果、特に脆弱な国へのロス&ダメージ支援に対する新たな資金面での措置を講じること、およびその一環としてロス&ダメージ基金(仮称)を設置することが決まりました(*5)。 また、「シャルム・エル・シェイク実施計画」においては、2030年までの緩和の野心と実施を緊急に高めるための「緩和作業計画」が策定されました。この計画は、1.5℃の重要性について確認するほか、全てのセクターや分野横断的事項等について対象とすることが決められました。

ESG投資環境の厳格化の動き

COP27で確認されたように、各国は削減目標に対して実行可能な計画を立て続けることや、その報告を行う義務を有しているため、各国政府は実現に向けて適切な行動が求められています。こうした動きに連動した形でESG投資の領域においても変化が起きています。

ESG投資は2006年に国連が提唱した「責任投資原則」(PRI: Principles for Responsible Investment)をきっかけに普及し、PRIへの賛同者は2020年3月末には3,000を超える機関が署名しています(*6)。とりわけ日本においては、2014年に金融庁が「責任ある機関投資家の諸原則」を発表し、その翌年にGPIFがPRIに署名をしたことがきっかけとなり、機関投資家を中心にESG投資が拡大しました(*7)。

ESG投資が拡大していく中で、ESG投資に関わる環境にも変化が起き始めています。毎年行われるCOPにおいて数値目標が定められた今、2050年にNet Zeroを実現させられるように企業活動を行うことが求められています。

こうした環境変化を示す直近の事例の一つには、EUにおける8条ファンドに続く9条ファンドの登場が挙げられます。

SFDRの8条ファンドと9条ファンドの違い

そもそも8条ファンドや9条ファンドは、2021年から始まった欧州連合(EU)におけるサステナブルファイナンス開示規則(SFDR)という情報開示基準で定められた金融商品区分のことを指します(*8)。

欧州を中心に、余裕資金がESGファンドに流れ込む中で「グリーンウォッシュ」が多くでてきたことへの対応として、従来よりも厳しい基準を設けたものが今回の9条ファンドが現れた背景にあります。なお、グリーンウォッシュに関しては弊社記事「グリーンウォッシュ/SDGsウォッシュに求められる対応」において記載しておりますので、ご参照ください。

SFDRは金融商品を3つの区分に分類しています。第8条に該当する商品(環境性・社会性を促進する金融商品)、第9条に該当する商品(サステナブル投資を目的とする金融商品)、およびこれらに該当しない金融商品を第6条に分類しています。第8条あるいは第9条に該当する金融商品については、ウェブサイト上や契約前開示および定期報告において追加の情報開示が求められています(*9)。

8条ファンドとは、サステナブル投資には該当しないものの、結果としてESGのうちEまたはSを促進している投資を運用ポートフォリオのメインに据えたものであり、「ライトグリーン・ファンド」とも呼ばれています(*10)。ネガティブスクリーニング、ポジティブスクリーニング、ESGインテグレーション、テーマ型投資など、幅広いESGを組み入れた金融商品が該当します(*11)。

一方で、第9条に分類される金融商品は「ダークグリーン・ファンド」とも呼ばれ、インパクト投資などのサステナブル投資が目的である金融商品が該当します。9条ファンドに対してSFDRはハイレベルな要件を設けており、投資先企業は環境または社会目的に貢献する経済活動を行う一方、「重大な害を及ぼさない(DNSH:Do No Significant Harm)」原則を守ると共に、優れたガバナンス慣行に従っている必要があります(*12)。

投資家の間で9条ファンドが人気化していることを受け、運用会社は9条の指定を得ようとしているものの、全てのファンドが指定を維持できるわけではありません。 

EUにおけるESG規制が相次いで更新されており、9条ファンドと認められる基準は益々厳しくなっています。欧州証券市場監督機構(ESMA)が2022年11月に発表した「Names Rule」の提案では、ファンドの名称に「ESG」あるいは「サステナビリティ」に関連した言葉を使用する場合の最低基準の要件を課すことが決められました(*13)。

具体的にはESGファンドと称する場合、少なくとも80%がESG投資に振り向けられることを示す必要があり、サステナブルファンドについては40%以上がSFDRにおけるサステナブル投資の3つの基準に従うことも示さなければならないという条件が定められました(*14)。

こうした基準の変化を受け2022年12月には、1250億ドル超規模の格下げが行われました。これは、SFDRの執行機関である欧州委員会が9条を巡るガイダンスを明確化し、ヘッジや流動性関連を除き、100%サステナブル資産のファンドのみが9条の分類を使えるようになったことに起因しています。投資信託評価会社「モーニングスター(*15)」の分析によれば、この基準を満たす運用会社は5%未満に留まるといいます(*16)。

9条ファンドからの格下げは、9条ファンドよりも資産規模が大きく拡大をしている8条ファンドの扱い方を巡る問題も提起しているという指摘もあります(*17)。9条から8条に再分類されたために、市場では全く異なる種類のファンドが全て8条に分類されていたり、8条ファンドといっても異なる投資目的を掲げていたり、ESGへのアプローチの重要課題のレベルも異なっているなど、顧客が8条のプロダクトを通じて何を享受しているのかを知るのがより困難になっているといいます。

8条ファンドは総額で約4兆ドルの規模を擁していますが、EUのファンド分類の要件は現状曖昧で、8条に対してはサステナビリティの「促進」のみを求めています。運用業界ではこうした基準の曖昧さに対して不満が募っており、今後さらに明確な規則が設定されることが予想されます。

EUのサステナブル・ファイナンス政策を踏まえた今後の展望

先ほども述べたように、9条ファンドに分類されるためには、ヘッジや流動性関連を除き100%サステナブル資産のファンドにすることが求められています。

一方で、「サステナブル資産」についての定義は、現状曖昧な状況にあります。SFDRはサステナブル資産の定義について、「ESG のうち‘E’(環境)又は‘S’(社会)の促進に貢献することを目的とした経済活動への投資(サステナブル投資目的)であり、他のサステナブル投資目的を著しく阻害せず(DNSH: Do No Significant Harm)、投資先の企業において‘G’(ガバナンス)に係るグッド・プラクティスを実践していること(*18)」と述べていますが、より明確な定義の提示は依然として保留となっています(*19)。

これに対し、欧州監督当局(ESA: European Supervisory authorities)は欧州委員会(EC: European Commission)に対して、「パリ協定ベンチマークを参照ベンチマークとして指定するパッシブ運用戦略の金融商品は、自動的に第9条SFDRの条件を満たすとみなされるか」との質問を投げかけているものの、ECはこれに対する明確な回答を行っていない状況です(*20)。

しかしながら、今後の展望としては、上記で指摘されているようにベンチマークをパリ協定に設定するなど、より科学的なアプローチが行われることが予想されるでしょう。

その背景理由には、EUが推進しているサステナブル・ファイナンス政策があります。サステナブル・ファイナンスとは、ビジネスや投資の決定においてESGを取り入れるために資金動員をすることです(*21)。ECは2018年1月にECに提出された「サステナブル・ファイナンスに関するハイレベル専門家グループ(HLEG)」の最終報告書における提言への対応として、2018年3月に「持続可能な成長への資金提供に関する行動計画」を発表しました。2018年5月には、行動計画で発表した主要アクションを実施するための一連の施策を採択しました。

具体的な施策内容は主に3つあり、1つ目がサステナブル投資を促進するための枠組みの策定に関する規則であるEUタクソノミー、2つ目が「パリ協定適合ベンチマーク」、「気候移行ベンチマーク」についての EU 基準およびベンチマークについてサステナビリティ関連の情報開示を定める規則であるベンチマーク規則、3つ目がこれまで述べてきたSFDRです。

1つ目のEUタクソノミーとは、分類システムとなるEUレベルでの枠組みを定め、それに基づいてある経済活動か持続可能かどうかを評価できるような枠組み作りのことを指します。タクソノミー規則では、環境面で持続可能な経済活動として定義されるためには、下記の4つの要件を全て満たす必要があります(*21)。

(1)少なくとも1つ以上の環境目標(気候変動の緩和、気候変動への適応、水・海洋資源の持続可能な利用と保護、循環型経済への移行、汚染の予防と管理、生物多様性とエコシステムの保全と修復)に実質的に貢献すること

(2)いずれの環境目標に対しても「著しい害を与えない」こと

(3)以下の最低限の社会、ガバナンス関連のセーフガードを順守して実施されていること

 (ア)OECD多国籍企業行動方針

 (イ)国連のビジネスと人権に関する指導原則

 (ウ)労働における基本的原則および権利に関する国際労働機関宣言で特定された原則で定められた権利

 (エ)国際人権章典

(4)タクソノミー規則に従い採択される「技術的スクリーニング基準(TSC)」を満たすこと

この4つ目にあたる技術的スクリーニング基準とは、各環境目標について、その経済活動が実質的に貢献しているかどうかを判断し、持続可能とみなされるために用いられるものです。主な要件としては下記が挙げられます(*21)。

・徹底的な科学的エビデンスと予防原則に基づいている(EU の機能に関する条約(TFEU)第 191 条)

・定量的で閾値があり、可能であれば証明書が付されていること。そうでなければ定性的であること

・環境目標に最も関連性がある可能性が高い貢献を特定する

・ある経済セクターにおいて関連する全ての経済活動を含む

・利用しやすく、検証しやすい

・発電に石炭など固体化石燃料を使用しない

TSCは委任規則によって定められることになっており、関連する目標に関するTSCが採択されるまでは、タクソノミーは実質的には適用できないとされています。

2021年4月21日に気候変動への緩和と気候変動の適応目標について持続可能な活動を明示した最初の委任規則案では、タクソノミー規則にある環境目標の気候変動への緩和と気候変動の適用に実質的に貢献する活動を定義するための一連のTSCを、「サステナブル・ファイナンスに関する技術専門家グループ(TEG)」の科学的な助言に基づいて導入されました。

2つ目のベンチマーク規則については、金融市場におけるベンチマークとして用いられる指標の正確さや統合性に関して懸念があったために導入されました。ECは2022年末までにEUタクソノミーとの一貫性を持たせる予定であり、パリ協定適合ベンチマークや気候移行ベンチマークはよく使われるベンチマークとなっています(*21)。

EUはサステナブル・ファイナンス政策で一貫性を持たせるためにEUタクソノミーやSFDRにおける基準は、このベンチマーク規則と整合性があるものになると予想されます。そのため、企業は今後パリ協定の目標に関わるGHGの排出量について定量性を持った把握と表示を行っていくことが求められると見込まれます。

フランスにおいては2023年以降、「気候変動を含む」食品環境ラベルが順次義務化される動きが出ています。2021年8月に施行された気候変動対策・レジリエンス強化法の第2条には、「試験導入プロジェクトを実施した上で、食品を含む製品・サービスの環境負荷をラベルに表示する制度を導入する」との趣旨の記載がありました(*22)。

環境負荷低減に取り組む事業者がより評価されるために

このようにESG投資の領域で先進的な欧州においては、ESG投資に関わる様々なルールが設定され始めています。とりわけ、こうした流れはグリーンウォッシュを防ぐためにさらに加速されることが予想されます。ESGに関わる領域は常に変化しており、今まで評価されていた活動が今後も評価され続けるかはトレンドを追い続ける必要があるでしょう。特に昨今のNet Zeroに関わる数値目標設定への国際社会の関心は益々強くなっており、投資の領域においても科学性・定量性を持った把握と表示の重要性が高まっています。

投資活動や経済活動は各国単位で閉じるものではなく、グローバルで行われている近年においては、こうした欧州における先進的なトレンドは、近々日本にも波及することが見込まれます。国内の企業においても、他社よりも「より選ばれ続ける」企業となるために、こうしたグローバルトレンドを踏まえた対策に先手を打っていくことが非常に重要になります。

弊社サービスの「Myエコものさし」では国際的に認められた科学的・定量的な分析手法を用いて、2050年のグローバルでのNet Zeroを目指すパリ協定が求める水準と整合したSBT(Science Based Targets)に沿った基準に対する脱炭素の貢献度を定量的に評価することができます。商品のサプライチェーンごとの取り組みをライフサイクルアセスメント(LCA)に基づいて評価してスコア化を行うことで、企業のエコへの取り組みを「見える化」して消費者にわかりやすい情報にして届ける一助を担っています。

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クオンクロップESGグローバルトレンド調査部

参考文献

*1 https://www.amundi.co.jp/esg/cop26-introduction-to-net-zero.html

*2 https://www.bbc.com/news/world-asia-india-59125143

*3 https://www.spf.org/iina/articles/toru_ito_07.html

*4 https://www.nies.go.jp/social/navi/colum/cop26.html

*5 https://www.mofa.go.jp/mofaj/ic/ch/page1_001420.html

*6 https://www.nomura-am.co.jp/special/esg/detailesg/esginvestment.html

*7  https://www.pictet.co.jp/basics-of-asset-management/view-of-the-market/esg-investment/20210408.html

*8  https://www.morningstar.co.jp/market/2021/0727/fund_01369.html

*9  https://ideasforgood.jp/glossary/sfdr/

*10 https://www.dir.co.jp/report/column/20220329_010831.html#:~:text=%E3%80%8C8%E6%9D%A1%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%83%89%E3%80%8D%E3%81%A8%E3%81%AF,%E3%81%A8%E3%82%82%E5%91%BC%E3%81%B0%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%84%E3%82%8B%E3%80%82

*11 https://www.ey.com/ja_jp/sustainability-financial-services/sustainable-financie-disclosure-regulation

*12 https://www.bnpparibas-am.jp/blog/sfdr-understanding-and-implementing-it/#:~:text=%E7%AC%AC9%E6%9D%A1%E3%83%95%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%83%89%E3%81%AB%E3%81%A4%E3%81%84%E3%81%A6,%E3%81%AA%E3%81%91%E3%82%8C%E3%81%B0%E3%81%AA%E3%82%8A%E3%81%BE%E3%81%9B%E3%82%93%E3%80%82

*13 https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2023-01-05/RNY4Y0T0AFB401

*14 https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2022-12-22/RN7QX9T0AFB401

*15 https://www.morningstar.co.jp/

*16 https://news.yahoo.co.jp/articles/f3442c036aef5b0e0b806f3b4e8fa992437b2e79?page=2

*17 https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2022-12-22/RN7QX9T0AFB401

*18 https://www.dir.co.jp/report/research/law-research/regulation/20220615_023097.pdf

*19 https://www.bloomberg.co.jp/news/articles/2022-12-21/RN44V9T0AFB501

*20 https://esgclarity.com/sfdr-level-2-standards-go-live-after-string-of-article-9-downgrades/

*21 https://www.jetro.go.jp/ext_images/_Reports/01/98c49a1fcb65fdd4/20220012.pdf

*22 https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2022/a8d0750881d0c9e8.html

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