Environment

環境負荷を低減する
革新的な食糧生産手法の
開発事例

食品購入時の選択基準が多様化してきています。最近では鮮度や価格に加えて環境配慮の有無や程度を食品購入の際の判断基準にする消費者が増えてきました。これに伴い、生産者側も環境に配慮した食品の生産へと舵を切り始めています。本記事では、環境負荷低減を実現する革新的な食糧生産手法の開発事例を紹介したいと思います。

はじめに– 食べ物の選択基準の多様化

我々の生活を支えている「食」の、購入時の選択基準が多様化してきています。従来は鮮度や価格が求められてきたのに対し、最近では栄養価や調理の簡便さなどまでも求められる様になってきました(*1)。中でも顕著なのが、環境への配慮です。農林水産省の調査では、食品を購入する際、その食品が持続可能(sustainable)なものであるかどうかを判断基準に考える消費者が約30%に上っています(*2)。この背景には、気候変動をはじめとした環境問題や、世界人口の増加に伴う食料安全保障への関心の向上が挙げられます(*3)。また、国連は持続可能な開発目標Sustainable Development Goals (SDGs) の12番目の目標に “Responsible consumption and production (責任のある消費と生産)” を掲げており、今や環境に配慮した食品の生産や消費は、我々消費者の責任であり世界的潮流とも言えます。

これに伴い、消費者だけでなく生産者側も環境に配慮した食品の生産へと舵を切り始めています(*4)。伝統的な生産手法を見直し、より環境に優しい、或いは革新的な(innovativeな)生産手法が普及し始めているのです。

環境負荷を下げる生産手法

では、実際にどの様な手法があるのでしょうか。消費者に馴染み深く、世界的に生産量や消費量の多い食品を例に紹介したいと思います。

小麦

代表的なものは小麦です。三大穀物の一つであり、世界における需要も高い小麦は、これまでも常に生産方法の改善やそのための議論が重ねられてきました。ところが、肥料として使用される窒素肥料が世界の温室効果ガス排出量の2.1%を占め、吸収されなかった分の窒素は地下水汚染や地球温暖化の原因とされるなど、決して環境に優しい食品とは言えない状態で生産が続けられています(*5)。この課題の解決に向けた取り組みが、“イノベイティブファーミング(innovation farming)”と呼ばれる生産手法です。

これは生産過程における農業プロセス全体を改革する考え方で、これまでより少ない耕作面積で従来の生産量を確保することを目的としています(*6)。代表的なものでは、1年のうちに耕す回数を減らした省耕起栽培手法や、土壌を敢えて耕さない不耕起栽培(*7)、また収穫後に土壌の浸食を防ぎ、土壌中に有機物を加えて土壌改良に役立つ作物を植える「カバークロップ(被覆作物)」の使用なども挙げられます。近年では“アグリテック(Agri-tech)”と呼ばれるテクノロジーの導入も進められており、GPSやドローンを用いた耕作状況の把握や収穫高のより正確な予測も可能となってきました(*8)。イノベイティブファーミングによって農家はより正確な資材の投入、植物の健康状態のモニタリング、土壌の栄養分やその他の天然資源に関するデータの収集が可能になり、効率的且つ環境負荷の少ない小麦の生産、収穫が可能となるのです。American Farm Bureau Federationの報告では、農家がイノベイティブファーミングに取り組むことで従来の生産量を保ちながら800万エーカーの耕作地を空けることができるとしています(*9)。

とはいえ、イノベイティブファーミングの考え方は農業業界において真新しい話題ではなく、遡ると1900年代から議論が進められていました。しかし、これまでの伝統的な生産手法を変えることに抵抗のある農家や、新しい生産手法を取り入れる際にかかる初期費用への投資が負担となる農家が多く、広く導入されるとは至っていない経緯があり現在でも着目を集める話題となっています(*10)。

一方、近年発明や改善がなされている革命的な(innovativeな)手法も多く存在します。

例えば、日本人に一番馴染みのある食べ物の一つである米。米の生産方法で私たちに最も馴染み深いとも言えるのが、日本の風物詩にもなっている水田を用いた生産です(*11)。土作り、田植え、水抜き、を経て収穫となるこの伝統的な手法は一見環境負荷が少なく持続可能に思えますが、実は水を大量に使用することに加え(*12)、水田からは大量のメタンが発生し、地球温暖化を加速させる要因の一つにもなっています。気候変動に関する国連枠組み条約(UNFCCC)では、世界のメタン排出量のうち12%が稲作から排出されているとレポートしています(*13)。気候変動による水不足やメタンを含む温室効果ガスの排出削減が叫ばれる中、もはやこれまでの伝統的な生産手法では、米生産も持続可能と言えなくなるのです。

その突破口として注目を集めているのが、“ドライシーディング(Dry seeding)” と呼ばれる手法です。これは水田に水を張る時間を最小限にする方法で、メタンガスの排出削減に貢献しながらこれまで通りの生産高を確保することを可能にします。インドでは既にドライシーディングが広く採用され始めており、生産された米は“ドライシーデッドライス(Dry seeded rice)”と呼ばれます(*14)。

また種を埋める際には水を張らず、湿った土壌に直接種を植えることから“ダイレクトシーディング(Direct seeding)”とも呼ばれます。稲が成長する過程で水を張る必要はありますが、ドライシーディングを行うことで生産過程全体での水の使用量が12~33%少なくなるのと同時に、水田から発生するメタン量を削減することができるのです(*15)。国連食糧農業機関(FAO)は、この手法が土壌の健康状態を向上させ、最大で50%の労働力を削減する可能性もあると報告しています(*16)。

このドライシーディング(Dry seeding)が日本でも普及すれば、農家は米の生産において環境負荷を減らすことができ、且つそれが業界の慢性的な人手不足を解消する足掛かりにもなり得ます。更に、消費者がより持続可能な消費に貢献することで日本の気候変動対策にも貢献し、一石三鳥の生産手法と言えるのです。

トウモロコシ

他にも、世界で最も消費されている穀物の一つであるトウモロコシにおいても改革が進んでいます。質の良いトウモロコシの生産には従来、プレーリー土と呼ばれる中性~弱酸性の養分に富んだ肥沃な土壌が必要でした。アメリカ合衆国ではこのプレーリー土が広がる地域があり、コーンベルトと呼ばれるその一帯で生産されるトウモロコシの生産高は世界の3分の1に及び、世界市場の価格を左右してきたと言われています(*17)。一方、プレーリー土が広がっていないアフリカでは、トウモロコシを主食とする国が多いにも関わらず生産が広まらないことに加え、干ばつや洪水などが相まって収穫量は米国の3分の1以下になっています(*18)。

そこで注目されているのが、新しいハイブリッド型の種子、“ハイブリッド・コーン(Hybrid Corn)”です。これは2種類以上のコーンを交配することで生まれる、干ばつや疫病に強い特性を持つコーン種を指します(*19)。干ばつに耐性があることから“Drought-tolerant corn (DT-corn)”とも呼ばれています。アフリカでは干ばつ以外にも、疫病猛威が原因で農業製品の生産高が減少するケースも多くありますが、このハイブリッド・コーンは疫病にも耐性をもつことで知られており、ハイブリッド・コーンの導入はアフリカの農家がトウモロコシの生産高を上げ、アメリカをはじめとした地域のコーンの高に近づけることやアフリカ地域内での地産地消を促すことに貢献します(*20)。

ハイブリッド・コーンの普及はアフリカに留まりません。インドネシアでは、ハイブリッド・コーンを栽培した農家が通常のトウモロコシを生産した農家より収入が高いという調査結果も報告されています(*21)。ハイブリッド・コーンを採用した農家にとっては環境負荷の少ない生産が可能となるだけでなく、経済面での利益も期待できるのです。

牛肉

最後に、今後期待される革新的な生産技術についてご紹介します。SDGs 13番目の目標で“Take urgent action to combat climate change and its impacts(気候変動に具体的な対策を)”と掲げられている通り、気候変動及びその影響を軽減するための対策が世界の喫緊の課題の一つとなっています(*22)。気候変動を引き起こす/加速させる大きな要因の一つに二酸化炭素やメタンなどの温室効果ガスが挙げられますが、国連食糧農業機関(FAO)によると、世界の温室効果ガス排出のうち、14.5%が家畜由来とされています(*23)。日本では家畜由来のメタンガスが日本におけるメタン排出量の25%を占め(*24)、対策が急がれています。

これに対抗する可能性を秘めているのが、カシューナッツの殻液です。出光興産(現在、出光興産アグリバイオ事業は株式会社エス・ディー・エスバイオテックに統合)と北海道大学の共同開発により、カシューナッツ殻液に牛のげっぷを抑制する効果があることが発見されました(*25)。ベトナムでの開発・製造を経て、300頭以上の牛を飼育する大規模酪農場を中心に導入が始まっており、台湾や韓国での販売も行われています(*26)。このカシューナッツ殻液入りの飼料を使用することでメタンの発生量を20~40%抑える効果があると言われており、地球上に15億頭存在する牛のうち、ほとんどが乳牛や肉牛として飼育されていることを考えると大きな効果が期待されます。

これらの生産手法を生産者が取り入れることは、環境への負担を減らすだけでなく、世界の食料供給の安定にも繋がります。昨今のウクライナ戦争では、小麦をはじめとした穀物の不足や価格の上昇が世間を騒がせました。今回抜粋した手法を含めたイノベイティブな生産手法が世界に普及すれば、食料供給を特定の国や地域に頼る必要が少なくなり、環境面のみならず引き起こされ得る世界的な食糧危機にも動じずに済む世界に近づくかもしれません。

環境負荷低減に取り組む事業者がより評価されるために

本記事で述べた通り、同じ作物でも生産方法によって環境負荷が異なり、農家の収入までも変わってくるケースがあります。それにも関わらず、実際は生産過程で減らした環境負荷は消費者に見えづらく、折角サステナブルな商品購入に意欲のある消費者が増えているトレンド対し、生産者の取り組みが購買者に届かないという課題があります。これまで、サステナブルに生産された製品の環境負荷の可視化の方法は、産地直送が主でしたが、今後は例えば流通過程で加工製品となったものでも、どの材料がどの程度サステナブルなのか分かりやすくすることが求められます。 

環境面でイノベイティブなものが本当に評価されるために、食品の持続可能性を可視化したのが、当社のMyエコものさしです。イノベイティブな生産手法を取っている生産者にとって作物の新しい魅せ方が可能となり、消費者には食品を購入する際のより明確な基準を提供します。本記事では環境負荷を減らす革新的な生産手法と生産者がそれらを取り入れる利点を抜粋して紹介しましたが、クオンクロップでは、外資系戦略コンサルティングファーム出身者を中心としたESG 経営データ分析の専門家チーム及び独自の分析ノウハウを有するシステムを活用し、各企業が「選ばれる」ために必要十分なESG 活動を把握し改善を支援する「ESG/SDGs 経営度360°診断&改善支援」・「My エコものさし」等のサービスを提供しております。分析検討チームが社内に既にあり、ESG 経営を既に推進している企業様における分析の効率化のみでなく、ESG 経営分析のチームは現状ないものの、これからESG 経営に舵を切る必要性を感じておられる、比較的企業規模が小さい企業様に対しても活用いただけるサービスです。ESG 経営の効率的な加速のための、科学的かつ効率的な分析アプローチにご関心のある企業様は、是非クオンクロップまでお気軽にお問い合わせください。

クオンクロップESG グローバルトレンド調査部

引用

*1 https://www.maff.go.jp/j/syokuiku/ishiki/h29/zuhyou/z2-6.html

*2 https://www.maff.go.jp/j/zyukyu/jki/j_doutai/attach/pdf/kokusan_genzai_top-17.pdf

*3 https://www.weforum.org/agenda/2016/01/food-security-and-why-it-matters/

*4 https://www.nature.com/scitable/knowledge/library/sustainable-agriculture-23562787/

*5 https://www.nature.com/articles/s41598-022-18773-w

*6 https://www.fb.org/land/fsf

*7 https://www.ers.usda.gov/data-products/chart-gallery/gallery/chart-detail/?chartId=90184

*8 https://www.uswheat.org/wheatletter/precision-agriculture-advances-sustainable-wheat-production/

*9 https://www.uswheat.org/wheatletter/technology-innovative-farming-practices-advance-wheat-farm-sustainability/

*10 https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/0308521X9490104N

*11 https://www.maff.go.jp/j/kids/crops/rice/cultivation01.html

*12 https://www.mdpi.com/2073-4395/10/9/1264

*13 https://www.climatechangenews.com/2019/12/07/can-grow-climate-friendly-rice/

*14 https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0378429013000166

*15 https://www.senseandsustainability.net/2015/04/01/improving-rice-production/

https://www.ctc-n.org/technologies/direct-seeding-rice

*16 https://agris.fao.org/agris-search/search.do?recordID=BD2019200000#:~:text=Dry%20direct%20seeding%20gives%20comparable,compared%20with%20the%20conventional%20system

*17 https://www.science.org/content/article/america-s-corn-belt-making-its-own-weather#:~:text=The%20Corn%20Belt%20stretches%20from,most%20corn%20produced%20per%20state

*18 https://www.technologyreview.jp/s/229108/how-hybrid-maize-helps-farmers-get-through-dry-spells/

https://www.technologyreview.com/2020/12/18/1013185/planting-hybrid-maize-seeds/

*19 http://pgandp.org/hybridcorn#:~:text=Hybrid%20corn%20varieties%E2%80%93%20both%20single,pest%20like%20European%20corn%20borer

*20 https://www.technologyreview.jp/s/229108/how-hybrid-maize-helps-farmers-get-through-dry-spells/

*21 http://pasca.unhas.ac.id/ojs/index.php/ijas/article/view/2327

*22 https://www.un.org/sustainabledevelopment/climate-change/

*23 https://www.fao.org/3/i3437e/i3437e.pdf

*24 https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/sangyo_gijutsu/chikyu_kankyo/ondanka_wg/pdf/003_03_00.pdf

*25 https://www.sdsbio.co.jp/products/anim/cnsl_lp/

*26 https://www.table-source.jp/interview/idemitsu-rumi/

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